ひたすら変態から逃げるだけのギャグ
キャラ崩壊必須
何故かいるジルダさんに突っ込んではいけない






バタン、と、先程開いたばかりのマンションの扉を再び閉め、冷泉恭真はとりあえず深呼吸をした。何か、今、室内にいた気がする。そしてそれは、とんでもなく、自分にとって不都合な存在だった気がする。いや、嘘だ、まさか、そんなわけ。こんなところにまで、"あいつ"がくるわけがない。そう、きっと、疲れていたんだ、そうに決まっている。深く息を吸い込み、再度扉を開く。それが、最大のミスであったと数秒後に悟ることになるのだが。


「オー!キョウマー!!オカエリナサーイ!ゴハン?オフロ?ソレトモワタ」


皆まで聞かずに、再び扉を、全身全霊、全力で、力の限り、叩き付けるように閉め直す。何だ今のは。自分の視界が狂っていなければ、今、自分の家には、裸エプロンにリボンを付けて、ハイヒール履いたガチムチ男が…


「うおえええええ…!!!!」


思わず口元を押さえ、襲い来る強烈な吐き気に必死で耐える。やばい。ヤバイヤバイヤバイ。早く、早く逃げなければ。あれだけは駄目だ、視界の暴力過ぎる、この世で唯一苦手なもの。ガチムチハゲの、自分の変態ストーカー…通称、マイク。急いで体勢を立て直し、今来た道を引き返す。エレベーターなんて待っていられない。階段を一気に五段程飛ばして駆け下りて、三階程度にまで辿り着けば、そのまま外へと身を躍らせる。普通の人間なら骨折の危険が伴う空中飛翔、けれど、骨折するなんて、"ありえない"ということを、自分はよく知っている。案の定、下を"偶然"通りかかった車の天井を足場に難なく地上への着地が叶えば、驚く運転手に緩く笑いかけて、そのまま全力疾走を続ける。後ろから追いかける裸エプロンのガチムチハゲに運転手がポカンとしているのを横目に、恐怖の鬼ごっこが幕を開けた。



恭真は、基本的に大抵のことが優れている。容姿も学力も運動神経も。しかし、この場において、決定的に欠けているものが一つあった。それは、体力。さすがに年齢的にも全盛期とはいかないし、加えて、普段から動かない。それが今、完全に敗因となっている。とりあえずどこかに身を隠さなければ、安全を保てない。完全に息切れした状態で、荒く呼吸しつつ、近くのバーの扉を開けた。

そうして、不幸は連鎖する。


「……は?」
「……え?」


ぽかんと見詰め合う二人の人物。向こう側から扉を開けたらしい、少女…そう、以前、とある伯爵と共に邂逅した。確か、名前は、そう、ツバキ。可愛らしいのにショタコンというかなり残念なスペックの持ち主である。なぜ、彼女がここにいるのか、理解が追いつかず、しばらく二人して固まっていたが、背後から聞えてくる片言の日本語…それで呼ばれる自分の名を聞いた瞬間、恭真は慌ててツバキの側へと入り込み、急いで扉を閉める。しかし時既に遅し、扉がバレたらしく、慌ただしく向こう側からのノックが響いている。その音に、滅多に漏らさない引き攣った悲鳴を上げて、恭真はツバキの手を掴み、屋敷の中へと駆け出した。


「は?え、ちょ…!?」
「ごめんツバキちゃん…!理由は後で説明する!!」


時間がない。部屋から飛び出した直後、扉の開いた音を聞いた。混乱しているらしいツバキの手を引き、廊下を駆け抜ける。「マッテクダサーイ!!キョウマーアイシテマース!!」「俺はお前なんて大っ嫌いだ―――!!!!寄るな触るな近寄るなァ―――!!!目が腐る!!お前みてぇなガチムチの着た裸エプロンなんて毛ほども昂奮するか!!!!」響く怒号。何事かと自室から顔を出したらしい青年、ジオが、恭真とツバキを順に眺め、そして、最後に後ろのマイクを見て、静かに扉を閉めた。騒音を奏でながら三人が通り過ぎた後、再び扉を開け、後姿を確認し、そして叫ぶ。
「女の子じゃないのか!!!!!」男の、しかもガチムチ男の裸エプロンを、加えて後ろからだったため、ばっちり尻も見て、半ば涙目になりながら声を張り上げた。なんてものを見てしまったのか、とんだ災難だ。くらりとくる頭を押さえていれば、間髪いれず自室から響いたのは、なにやら硝子の砕ける音で。次は何だと振り向けば、今度は金髪が駆け出していった。


「カインくーん!!会いにきたよー!!」


変態が増えた。あ、詰んだ。ジオは今度こそはっきりした眩暈を感じ、とりあえず避難するために、こそこそと自室から出て行った。


一方、広間では。
深夜だというのに何やら騒がしい様子に、いい加減にしなさいと扉を開けたカインの目の前で、アクロバティックサーカスが繰り広げられていた。
まず、二階から、手摺りを蹴って飛び降りる二つの人影。恭真が、ツバキの腕を引いたまま思い切り宙へと飛び込む。そして、一階のフロア。ベストポジションに立っていたジルダが、恭真につられて落ちてきたツバキの身体が地に着く前に、ふわりと姫抱きでキャッチする。
完璧なまでの連携プレーである。心なしかバックに薔薇さえ舞っていそうだ。自分は疲れているのかもしれない。一度深呼吸して落ち着こうと試みたのだが、そんな努力も、遅れてやってきた二つの声で虚しく破壊される。

「キョウマー!!!!」
「カインく―――ん!!!」

二階から駆け込んでくる、裸エプロンのガチムチハゲ。まずその時点で色々と突っ込みたいというのに、その後ろから関わりたくもない変態ストーカーの影が見える。先程曲芸を決めていた三人がこちらへと駆けてくるのにつられて、とりあえず自分もあの二つから逃げる道を選んだのだった。くらりと視界が揺れたのは、多分気のせいではない。


「…やぁ、久し振り、カイン伯爵」
「……久し振りだね。ところで、色々と聞きたいのだけれど…」
「ごめん、僕にも何が何だかわからない…あの気持ち悪いのから逃げてたら、またここにきてた」
「伯爵!変態が増えたっす!!」
「どうしますか?御先代様…追ってきていますが…」
「ええ…?うーん…どうしよう…」


「とりあえず、斬る?」などと普段の温厚さをどこかへ投げ捨てたカインが杖の仕込み刀を揺らすのに、恭真が「それで何とかなればいいんだけど…」と、遠い目をしながら、ただ四人は屋敷の長い廊下を走る。カインに憧れを抱いているジルダが「御先代様…ッ、そんなところも素敵!」とときめいているのに、カインが「いいから走りなさい」と固い声で突っ込みを返している。ちなみに、ジルダの格好は、今は男装だ。端から見ればそういう光景であるということに、今、突っ込める人物は存在していなかった。


「…何のさわ、ぎ……」
「どうも、お邪魔してます。君も逃げた方がいいよ」


騒ぎは徐々に大きくなっていく。また新たに様子を伺いにやってきた黒髪の青年、ジャックが顔を覗かせたのに、恭真がとりあえず挨拶と忠告を投げかけ、目の前を走り抜けた。は?と、瞳を見開けば、ちょうどそのタイミングで、裸エプロンのマイクとアレンが、口々に愛を叫びながら駆け抜ける。その拍子に、マイクがジャックにぶつかって軽く飛ばされたが、それに怒るよりまず、現在の状況が理解出来ない。しかも、悪いことはさらに続く。


「……兄さん?」
「…あ?」
「その、怪我…赤くなってる…僕の兄さんが、あんな変なのに…っ」
「おいまてオズ落ち着け…それから俺はお前のじゃねえ……近寄るな…!!」
「待ってよ兄さん…!!」


ジャックが駆け出し、オズベルトがそれを追う。屋敷で起こる二組の鬼ごっこ。縦横無尽に屋敷内を駆け巡る二組はやがて合流…というよりは、ぶつかって合併し、恭真、ツバキ、カイン、ジルダ、ジャックが逃げ、マイク、アレン、オズベルトが追いかけるという、何とも意味のわからない光景を作り出す。


「キョウマー!!ニゲナイデクダサーイ!!!アイシテマース!!」
「カインくん!!今日こそ僕と結婚してよー!!新婚旅行はどこに行こうか!!」
「兄さん…!やだなぁ逃げないでよ怪我の手当てするだけだよ」

「キモイんだよおおおおお!!!!!」
「気持ち悪い!!私に関わるのは止めてくれと何度言えば…!!」
「嘘つけだったらなんでそんな顔してる!!?」
「伯爵に近寄らないで下さいっす!!!」
「嗚呼、御先代様…怒ったご尊顔も麗しく…!!」


カオス。その一言に尽きる。
一行の行き先に、運悪く居合わせたジオがこの世の終わりのような顔をすれば、追いかけていたオズベルトが、にんまりと表情をさらに歪ませる。


「いいところにいた…兄さんが僕から逃げるから…憂さ晴らしの玩具になりなよ…!!」
「ひぃ…!!!」



結局。
恭真、ツバキ、カイン、ジルダ、ジャック、ジオが逃げ。マイク、アレン、オズベルトの追いかける恐怖の鬼ごっこは朝陽が昇るまで続き。
目を覚ましたリズがあまりの状態にびびって悲鳴を上げ、とりあえず変態二つを始末しようと武器を取り出したレンの介入により、更に状況はカオスと化した。
騒ぎが収束したのは、既に日が傾いた頃であったことだけは記述しよう。


変態に注意あれ!!