二十代半ばくらいの大人刹那と大人琥珀
流血殺人、ネタバレ注意
刹那はイタリアに戻ってボス業に専念、琥珀は刹那を追いかけて裏社会の情報屋をやってます






悲鳴と怒号と銃声だけが聞こえる。
真っ暗闇なのは、視界なのか精神なのか。嗚呼、それすらもう、区別すらつかなくなってきていた。
右手に握った拳銃の重みはすっかり肌に馴染み、すでに無いと落ち着かぬくらいだ。
路地裏で息を潜め、足音を殺して相手が出るのを待つ。断末魔の叫びも、硝煙の馨も、耳をつんざく銃声も、全て日常音として鼓膜を通り抜けるのだ。
かつり、轟音の中、一つだけ異なる足音が聞こえた。


「…来た―――!!」


瞬間、思い切り靴底で地を蹴る。右手の拳銃を正面に向け、遠心力を利用して振り回し、慣れきった感覚で照準を合わせた。
撃て。脳髄がそう叫んで、神経は認識より早くトリガーにかけた指先を動かす。
脳天ぶち抜いた弾丸が弾ける音を合図に、俺の戦いが始まる。

最初の一人が地に伏せたのを機に、方々から飛び出す男達。口々に叫んで拳銃を取り出すのを横目に再度手許の銃を引き寄せ、振り切り、マシンガン染みて連射を続ける。
空いたもう片手に拳銃より何倍もの重量を持った銃を構えれば、そいつのトリガーも引いて更に銃声を奏でる。


「…くはッ」


知らず、漏れる笑い声。
嗅ぎ慣れた硝煙、見慣れた死体、臓物、血飛沫。飛び散る赤、弾丸。嗚呼、昂揚する。そうでないと、俺はここで生きていけない。


「…Hey、ヘイヘイセニョール!!どうしたどうした、ブレッドはまだ余ってンぜぇ!!?デス・ロンドはまだ、フィナーレにゃ程遠いだろ!!」


叫んで、駆けて、命狩る。
獲物振り回して飛び跳ねてりゃ、いつの間にか辺りは真っ赤に染まってて、誰一人生きちゃいねえ。そう、俺以外、誰も。
荒い息を整え、銃を降ろしてようやく立ち止まれば、背後から複数の足音が聞こえた。瞬時に反応してトリガーにかけた指に力を篭めるも、それが見知った相手のものと知れば、すぐに力を抜いて。


「……よ、アンバー」
「どうも、ドンナ。ご無事で何より」


後ろから姿を現したその男は、こんな肥溜めには珍しいほど、柔らかい笑みを浮かべて。そうして、その微笑みと同じく、柔い琥珀色の髪と瞳をしていた。
くい、と、指で合図して歩き出せば、にこりと笑って後ろを着いてくる。血溜まりを踏み躙って歩を進めれば、後ろから部下の喋る声が嫌でも耳に入ってくる。


「…おい、ドンナといるあの男は何だ?」
「あ?お前知らねえのか?アンバーつう情報屋だよ、ドンナの気に入りだ」
「ははぁ…俺等のボスさんは、あんなんが好みなのかね」




もう、随分と。
道は別たれて、立場も違えて。それでもまだ、君を想ってる。




「……大変ですねえ、ドンナ?」
「その呼び方と敬語さぁ、止めろよ琥珀」
「あはは、ごめん。でも俺馬鹿だからさ、うっかり誰かいるとこで刹那って呼び捨てにしたらまずいし」


俺が琥珀と呼んだ青年、通称情報屋のアンバー。彼は、俺の高校時代のクラスメイトだった。
一緒にいると楽しくて、ただ、それだけでよかった相手で。だけど、だからこそ、こんな世界に引きずり込みたくなかった。
卒業式の日、俺はその足でイタリアに帰る手筈となっていた。紫苑にだけはそれを伝えて、他には誰にも言うつもりはなかった。
校門で好きだと言ってくれた琥珀に、ほんとは言いたかった。俺も好きだよ、ずっとずっと大事だったよって。でも、言えなかった。だってもう会えないのだ。だったら、下手な期待なんか持たせたくない。
ごめんと言って逃げるようにその場を去った。零れる涙を拭うことさえ出来ずに、泣いて、泣いて、泣きながらイタリアに帰って。
悲しい記憶と未練を断ち切るように、我武者羅に肥溜めの中で足掻いてた俺の前に、もう一度琥珀は現れた。

情報屋だというその男、アンバーは、背だって高くて、優男だけど顔立ちも声も間違いなく男で、だけどすぐに解った。
嗚呼。琥珀だ、って。
アンバー。それは、イタリア語で、琥珀。


「刹那が泣いてたから、俺、追いかけてきちゃったよ。今度は俺が、君の涙を拭ってあげるために」


そう言って笑った琥珀に、俺はきっと、魂ごと掴まれたんだろうな。
馬鹿野郎、馬鹿野郎、って、泣きじゃくった俺を抱き締める琥珀の腕は、数年前と違って、鍛えられた男の身体だった。



「…なぁ、琥珀」
「ん?なぁに、刹那」
「お前さ、後悔してねえの?俺なんかを追いかけて、こんな掃き溜めまで来て、人まで殺して、憎悪と怨嗟に絡まれて……逃げられないのに」
「ふふ…」
「…おい、笑い事じゃ」
「もう、刹那ってば、そればっかり。前にも言ったよ、俺、後悔なんかしない。たとえ、一分後に流れ弾で犬死したって、俺はいいんだ。」



「あのね。俺は、刹那と一緒にいられたら、それでいいよ。俺は、惚れた女を、こんな肥溜めの中で、一人きりで死なせたくない……俺も行く。俺も、ここで生きて、ここで死ぬ。…いっしょだよ、刹那、怖く無いよ。ねぇ、泣かないで」



嗚呼、ああ。
どうしてお前はそうやって、俺の欲しい言葉を言ってくれるんだ。
みっともなく泣いちまいそうな俺を、そうやって優しく抱き締めてくれるんだ。いつの間にか俺を優に越しちまって、しっかりとした身体に体重を預けて、溢れる涙を必死にせき止める。
琥珀の存外に大きな手の片方が、腰元に降りて。俺も、自分の腰裏に、片手を下ろす。


そうして、ほぼ同時に引き抜いた拳銃を、互いの背後に向けて撃ち放った。


「……」
「………」


がしゃん、と、金属の落ちる音。鈍い、人の倒れる音。
結局、どんなに足掻いても俺の生きる世界は変わらなくて。それでもさ、悲観的にならずにいられるのは、きっと、どんなときでも視界の端にいてくれる、この柔らかい琥珀色のお陰なんだろう。

ありがとうと言う代わり、互いの拳銃の底をこつんと触れさせた。