ヒロさん宅のカイレンちゃんでヤンデレ
必然カインさんがキャラ崩壊です注意
裏はなしでキスまで






いつも穏やかに笑って、優しい父が大好きだった。


「リズ、もう遅いから、早く寝なさい。私も寝るから」
「そーいう親父はどうなんだよ、こんな時間に寝るなんて、具合でも…」
「大丈夫、少し立ち眩みがするから、仮眠を取るだけだよ」


最近、親父の様子が、リズの父親であるカインの様子がおかしい。
とはいえ、おかしいと言っても些細なことだ。だが、その些細なことが、いくつも降り積もり、リズのこころに小さな疑念を生んでいる。
例えば、寝る時間。就寝時間が妙に早くなった。今までは、仕事に追われて、メイドであるツバキにどやされてどやされてようやくの睡眠だったのが、自分から寝室に向かうようになった。

それから、そのメイドのツバキ。いつもカインに薬を盛ってどやされていたはずだが、最近、時折姿を消すことがある。
何をしているのか、何処に行っているのか、何も解らない。直接聞いても、「え?お仕事してるだけっすよ?」としか言わず、眼を逸らすくせに頑なに口を割らない。
そういえばツバキは、薬を盛ってハァハァするわりには、カインに忠実であったなと思い出す。あそこまで口を割らせない命令が出来るのは、そして、その命令をツバキが守るのは、カインではないかと。

解らない、わからない、ワカラナイ。
だから、知りたい。子供特有の、小さな好奇心。


おやすみと言って、カインが去った後の閉ざされた扉を、じっと見詰める。重い沈黙を保ったまま塞ぎ込む扉を暫く見詰め、そして、思い切って布団を蹴り上げた。
これは、子供の、原始の勘か。父の部屋に行けば、全て解る、そんな気がした。足音を殺して長い廊下を駆け抜ける。少し離れた場所に存在する、代々の伯爵が使ってきた、屋敷の中でも一際大きな私室が、リズの前に重々しく佇んでいた。
ごくり、唾液が喉を流れ落ちる。一度息を吸い込み、そして、そっとドアノブへと手をかける。木の擦れる音が、痛いほどの沈黙を、ゆっくりと切り裂いた。


「……、」


室内に、人の気配はなかった。
無音の空間に小さな身体を滑り込ませれば、そのまま静かに扉を閉じる。大きな窓から、静かに差し込む月光は冷たく、まるで退路を断たれたような錯覚にすら陥った。ぞくりと、得体の知れない悪寒が走る。首を振ってそれを無理矢理振り払い、改めて室内へと視線を巡らす。
しかし、やはり、カインの姿はない。ベッドも冷たく、整えられたままだ。一体、彼はどこへ行ったのだろう。

…半時間ほど、経っただろうか。部屋の中をくまなく探しても、見当たらない姿に、もう諦めようかと思ったその時。本棚が、僅かにずれていることに気が付く。そっと奥を覗き込んでみれば、そこにはまぁ、お約束というべきか。
数段だが、地下へと続く階段があり、そこから奥へ、通路が伸びている。曲がり角の燭台には蝋燭が灯され、誰かが通った形跡が残っていた。

ぎゅっと手を握り締め、足音を殺し、奥へと突き進んでいく。
止めろ、と、叫んだのは本能か。






ぴちゃん、ぴちゃん。
浴びたばかりのシャワーの水滴が、髪を伝って床へと落ちる。マントと上着を落とし、シャツだけ羽織って寝室に戻れば、部屋を出る前と変わらぬ体勢で、ベッドに腰掛けている、小さな少女がいた。
仕立てのよいドレスに身を包んでいるが、足首には重くいかめしく、そして鈍く光沢を発する枷が嵌められている。
水気を拭って髪を掻き揚げ、カインが少女の、レンの隣に座る。そうすれば、それまで微動だにしなかったレンが、軽く身じろいだ。

「……父様」
「レン、いいこにしてたかい」

人形めいたレンの瞳が、薄く感情の色を乗せる。重たいドレスと枷を引き摺って、カインの方へと擦り寄る。それを見て小さく笑い、そっとその小さな身体を抱き上げた。猫が懐くように頬を擦り付けて甘える様子に、緩やかに呼気を吐いて、髪を柔らかく梳く。気持ち良さそうに眸を細めるレンを見て、カインがまた笑った。



レンは、此処以外の世界を知らない。レンは、カインと、そして彼が不在の間に世話をするツバキ以外、知らない。ある日山のふもとに倒れていたのを、カインが拾った。出自どころか自身の名すら曖昧だった彼女の眸に囚われたカインは、レンに名を与え、食事を与え、衣服を与え、そうしてこの部屋に閉じ込めた。誰とも離させず、誰にも見せず、誰にも知らせず、ひっそりと囲っている。
あまりに女性との噂がないので、どこぞの貴族が戯れ交じりに「人形に魅入られた哀れな伯爵」とカインを称したが、それも強ち間違っていないのだろう。

まるでこの状況が普通のように、カインは穏やかに、柔らかに、微笑む。無表情ながらも必死に彼の声を聞くその唇に、そっと相手の唇が重なった。恋人同士がするような甘たるい色合いを孕むそれを見て、リズは唯ぼんやりと立ち尽くしている。その後ろでは、複雑さを隠せぬ面持ちを浮かべたツバキが佇んでいた。



「……親父…?は…?」


唯、混乱する。今彼が口付けている少女は、見たところ自分と同じくらいの歳の頃だ。それが、何故、どうして。言葉を失うリズに、ツバキが後ろから、そっと声を掛ける。その表情は痛々しく、喉元まで込み上げる何かを必死に飲み込んでいるようで。


「…忘れて下さい。今すぐ部屋に帰って、今見たことは、全部、忘れるんっすよ。」
「お前…」
「そうすれば、此処は。いつも通り、優しい伯爵と、使用人に囲まれた、平和な屋敷っす…」



ねぇ、ツバキ。
レンの服、新しいの、持って来て。
向き合っていれば、壁を隔てた部屋から聞える、いつも通りに優しい声音。
約束っすよ、と、零して室内に入っていくツバキの表情は、諦めと哀しみの混じった酷く下手糞な微笑みだった。





次の日、目覚めた先は自室のベッドの上で。
あれは夢なのかと思う反面、父の部屋の本棚には近づけなくなった自分がいるのです。
もしもその裏に道があったら俺は、もう自分を誤魔化せないから。