ヒロさんに頂いた絵(これこれ)から派生。
(恭真×)梨花+カインさん。
時代云々総無視。
恭真が最低、カインさんがイケメン。






私がどれほど彼を愛していても、彼がどれほど私に優しくても、私は彼にとっての一番じゃなかった。
知ってたのよ、私が誰かの代わりだって。
でも仕方ないじゃない、好きなのよ、代わりでも愛してくれるならそれでよかった。それだけでいいはずだった。だって、貴方は他人には縛られない。誰にも縛られない、自由で奔放な人だったから。
だから、愛されるだけで、傍に居られるだけで、奇跡のようなものだと思っていた。大切にされている事実だけで、それだけで嬉しかった。


それなのに。


こころは言う事を聞かないのよ、私じゃない"りんか"を呼ぶ声に、堪らずに涙が溢れた。"りんか"と呼ばれるのが嫌いだった。
お願いだから、せめて、いつものように"梨花ちゃん"って言ってよ、そんな声で"りんか"だなんて呼ばないで、ねえ、お願いよオニイサン。
夜だけ変わる呼び方が、私は大嫌いだったの。


それでも、嗚呼、皮肉だね。勝手に涙が溢れてくる。
「すきだよ、りんか」
甘ったるい蜜のようなオニイサンの言葉が、耳について離れなかった。エコーのように繰り返し頭に響くその声に、止まらない涙を零して蹲っていれば、ふと、肩に掛けられる上質のマント。
驚いて顔を上げれば、優しげに笑う男の人がそこにいた。その人は、何も言わなかった。
柔らかく細められた赤い瞳が宝石みたいに綺麗で、私はただ呆と見つめて涙を零していた。一定のリズムで柔く叩かれる背中の振動に、耐え切れなくなって、糸が切れたように、声を上げて泣きじゃくる。背を撫でるその人の手のひらも、涙を拭ってくれる手袋越しの指先も、オニイサンと違ってあたたかかった。




「…落ち着いたかい」


しばらくして、ようやく涙の収まった私の頭を、その人は優しく撫でてくれた。泣き止むまで、ずっと傍に座っていてくれた。
「もう泣かないで、御嬢さん。涙は似合わないから」
優しく、落ち着いた、淡いのに重みのある声。オニイサンみたいに、耳元に絡みつく声じゃなくて、さらりと撫でて去っていくような、そんなすべらかな声。
小さく頷けば、うん、と、彼はまた柔らかく笑った。頬に残る涙を拭って、ぽんぽんと頭を叩く。


「…あり、がとう…ございます……あの、貴方は…」
「気にしないで、そんなこと。嗚呼、失礼…私は、カイン・ヴィンチェンツォ、近くの屋敷に住んでいるんだ」
「……ヴィンチェンツォ…伯爵の…」
「ああ、知っていたかな。うん、そう、私が伯爵です」


穏やかな笑みで、優雅に一礼するその男…改め、カイン伯爵を、じっと見詰める。優美な動作は、一目で高貴な育ちだと、否応がでも他人に知らしめる。
ぬばたまの髪が流れる細微な所作までに、篭もる気品に涙で濡れた睫毛を瞬かせた。


「そうだ。よかったら、私の屋敷に来ないかい?」
「え…?」
「何もないけれど、お茶とお菓子くらいは出せるからね。少しでも気が晴れるまで、ゆっくりしていって欲しいな」


突然の申し出に、ぱちりと再度瞬く。大きく開かれた闇夜の瞳に笑いかけ、カインが梨花の手を取り、手の甲へと口付けた。
まるで社交界で行われているような動作に呆気に取られていれば、また柔らかな微笑みを浮かべて。


「お手をどうぞ、御嬢さん」


悪戯っぽく笑って、近くに止まった馬車へと、梨花を招く。
住む世界の違う何もかもにぽかんとする梨花とカインを乗せて、馬車は伯爵邸へと走り去っていった。