「最強美少女」が我が家にやってきた
題名バッドエンドですが特にバッドじゃない、刹那が嫌うだけ







遠野刹那は、夏風梨美(なつかぜりみ)のことが苦手だった。
可愛らしい笑顔、端整な容姿、裏表のない性格、文武両道の才能。誰もが憧れるその、学校のマドンナが、苦手だったのだ。
裏社会に少しでも通じている人間なら、恐らく誰もが知って居るだろう、あの彫刻の如き美貌、冷泉恭真を越えるほどの美しさ。けれど、どうしても。刹那は、彼女の容姿が、恭真を越えるとは思えなかったのだ。
確かに可愛い、美しい、けれど、何だ。この違いは、この違和感は、この差分は。何が、梨美と恭真を隔てているのか。


「…そうか。あの子、怖くないんだ」


ふ、と。滑り落ちた言葉。
嗚呼、そうか。そうだ、あの子は、夏風梨美は、怖くない。ぞっとするほどの、血も凍るほどの、あの暴力的なうつくしさがないのだ。
確かに怒ったり、真面目な表情をすれば怖い、けれど、背筋は凍らない。あまりにうつくしいものを見たとき、人間はそれを本能的に恐れる。自分より、優れた種だからだ。
刹那にとって、それが最も顕著なのは、言わずもがな、冷泉恭真で。

彼は、うつくしくて、怖ろしい。その性格故か、環境故か、生い立ち故か、彼の纏う空気は暗くて、濃密で、一度踏み込めば、甘たるい言葉の茨が絡みついて、逃げられずに血を流し続ける。
そんな狂気的な空気も、あの美貌を組み合わされれば、危険な媚薬に成り代わってしまう。
濃密な毒気を孕んだ色気が、怖くて綺麗で惹かれて堪らなくて。

だから、思う。
夏風梨美に、そんな魅力はない。可愛くて、綺麗で、優しいだけでは、大多数の人間を、あれほど魅了できないのだと。
悪の魅力は強いというが、まさにそれで、やはり退廃的なものに惹かれるのだろう。



それに。

「そっかぁ…うん…結局俺……あの子が、妬ましいんだなぁ…」


羨ましかった、何も汚れを知らない、あの無垢さが。
いいなぁ、いいなぁ。
俺も、そんな風に、生きてみたかったな。
臓物のあたたかさなんて、知らない世界で、生きたかったな。
けれど、今の自分を作ったのは、間違いなくこの汚れた世界で。この世界に染まったからこそ、世界の汚さも、そしてうつくしさも知れたのだ。
不幸なんざくそくらえ、って、今の考え方を得ることが出来たのも、きっと。



「…うん、そうだなぁ。俺、駄目だよ、駄目だ、俺、好きになれない……尊い、人の好意にすら。気付けない子とは、きっと、合わないよ」



お願い、気付いて。優しいなら、気付いて、踏み躙らないで。
君を大好きな人の気持ちを、どうか、大切にしてね。
お願いだよ。