「やっぱり、結婚式とか教会の方がいいのかな? ああ、もう沙弥ちゃんのウェディングドレスの姿……!!」


 平城真也はとにかく浮かれていた。先日田村沙弥と晴れて恋人同士になったからだろう。それまでの経緯には些か問題が多々あるものの、今では多少の温度差のあるバカップルの関係となっていた。夕飯の買い出しなのか、牛乳や卵、ネギだいこん等様々な食料がぎっしり詰め込まれたスーパー袋を三つ、軽々と持ち上げて帰路にたっていた。心なしか、足取りさえ軽そうに見える。


「オイ、真也」
「ほぇ?」


 少し離れた場所から自分を呼ぶ声が耳に入り、その方角に顔を向けると、灰色のトレーナーにジャージをはいたメガネの男が目はいった。髪は少し長く、一つに黒いゴムで結んでいるあどけない顔をした少年を平城真也は知っていた。


「あ! 伊織! 久しぶりー! どうしたの? 珍しいね、伊織が学校以外に居るなん、」
「どういうことだ」
「え?」
「夜美が、何で冷泉恭真の所に居るんだ」
「……え? 姉ちゃんが、へ?」


 目を丸くさせた平城真也の焦点が合わないくらい間近に、竹松伊織は一枚の紙を近づけた。徐々に姿がハッキリと浮かび上がった頃に写し出されたのは、冷泉恭真の後ろに平城夜美がついている写真だった。


「…………お付き合い、してるとか……」
「バカか。あの阿呆がそう簡単に“恋”だの“愛”だのに目覚めるわけなかろう。冷泉恭真相手なら尚更だ」

 酷い言われようだが、実際に夜美はその手の感情には疎い。それに夜美のことについては、弟の平城真也よりも、彼女が敬愛している風来灯真よりも、ずっと見てきた竹松伊織の方が理解していた。

 起こりうる可能性にも、もちろん感づき始めている。


「まず、冷泉恭真は前回、田村沙弥を浚うことでお前を壊そうとしていた」
「…………死ねばいいのに」
「落ち着け。それよりも、だ。なにがともあれ、冷泉恭真は今回の作戦に失敗した。少なくともこれがキッカケで貴様と田村沙弥は付き合い始めた……」
「へへへー。もう沙弥ちゃんたら可愛くて、ギュッて抱き締めただけで耳まで真っ赤、」
「黙れ死滅しろ。……冷泉恭真は恐らく、良くは思っていない結果になっただろう。そこで、もし暴力と破壊の固まりの夜美が付いたらどうする? 最悪、全部消されるぞ」


 キッ、と平城真也を睨み付ける竹松伊織は、どこか恨み妬みも含んでいた。平城真也はそれを敏感に受け止め、誤魔化すように視線を泳がせる。


「で、でも風来先生がいたら、姉ちゃんは変な方向には……」
「……気色悪いが、そうだと有難い。もし、もし夜美が……」
「?」

 思い詰めたようにうつ向く伊織に、真也は首を傾げる。そして、意を決したように真也の顔を真っ直ぐに見つめた伊織の瞳が僅かに揺らいでいた。


「……夜美が、全部忘れたら?」
「え?」
「夜美は、誰よりも弱い。阿呆の癖に強がる。だから誰よりも過不可に耐えて耐えて耐えて、……そして、爆発する」
「伊織、何を言ってるのかわからな……」
「分からなくていい。今はとにかく夜美を探せ、まだ間に合うかもしれない。冷泉恭真の完全な手駒になれば……私達はオシマイだぞ」


 竹松伊織の吐き捨てた言葉は、予言の様に真也の体を蝕む。
 この先どうなってしまうか……それこそ、神のみぞ知る。なのかもしれない。