「刹那!このままじゃ遅刻だよ!」
「へーきだって、俺に任せとけ!」


朝、通勤や通学の人々で賑わう駅の人ごみの中で、二人の男子生徒が駆け抜けていった。いわゆる通勤ラッシュと呼ばれるこの時間帯は、電車に乗ることすら難しい状況である。だが、現在の時刻はちょうど八時。学校までおよそ二十分程度の乗車時間がかかり、なおかつそこから五分ほど歩かなければならない場所に位置する水無月高校の生徒としては、この電車に乗れるか乗れないかで、遅刻か否かが決まるのだ。
だが、運が悪いのか、この日はいつもより込み合っていた。
これはまずいと人の間を駆け抜けて走るのだが、電車にたどり着く前に発車します、というアナウンスが聞こえてくる。
ここまで全速力で駆け抜けてきたせいで、体力のない琥珀は既に息が上がっている。もう駄目と思い、足を止めかけた琥珀の手を、刹那が掴んだ。


「諦めんなっての!行くぞ!」
「え?うわっ」


手を掴んだまま、刹那は走り出した。ようやく電車が見えてきた。だが、少し遅かったのか、目の前でドアが閉まっていってしまう。
それを見て顔色を変えた刹那は、繋いでいた琥珀の手を離して、一人電車のもとへ駆け出した。
間一髪、ぎりぎりのところで間に滑り込む。上がった息を整えながら、閉まろうとするドアを足で開けて、ようやく追いついた琥珀を中に招き入れた。


「はぁ、はぁ…」
「っはぁ…な、間に合っただろ?」
「刹那…無茶しすぎ…」


呆れたような琥珀の視線に、にぃ、と悪戯っ子のように刹那が笑う。
そうやって二人で笑いあっていると、周りからまばらな拍手が聞こえてきた。


「よう、兄ちゃんかっこいいな!」
「彼女も惚れ直すぜ!」


やるなー、あの男の子。かっこいー!
そんな声が聞こえてくる。
揶揄の入った賞賛の言葉に、刹那は笑って「さんきゅー!」などと手を振っているが、琥珀はそれどころではない。
またか、と思いながらも、迷惑にならない程度の大声で、思い切り叫んだ。


「彼女じゃないし!俺、男だから!!」