十夜さん!今すぐこっちに来て下さい!


そんな声が頭に響いた。
学園に侵入してきた連中を始末するため、三人は二手に分かれて行動を開始していた。
能力の都合上、聖夜と龍は二人で、十夜は一人で動いている。
裏門の侵入者をあらかた始末した辺りで、その声は聞こえてきた。
テレパシーで脳に叩き込まれるそれは加藤のものだ、どうやら二人に合流したらしい。
緊迫迫ったその声に、十夜は正門に駆け出しながら加藤に問いかけた。


「何があった!?」
一人、強いのがいるんッス!聖夜さんのおかげで押してたんですが、無理しちまったのか発作起こして倒れちまって…!龍さんだけじゃ、その女抑えるのに精一杯みたいっス!
「…女ぁ!?」
女だからって舐めちゃ駄目っスよ!滅茶苦茶つえーのなんのって…っつーか、おかしいんっス!俺らは基本的に一個しか能力持てねぇーってのに、あの女、いくつも能力使ってて…!
「…くそ!今行くから、何とか抑えてろ!」
はい…!


そんな会話を脳内で交わして、十夜は走る。頭の中は、倒れたという片割れと戦っているであろう親友のことでいっぱいになっていた。
「ったく…人の庭を無断で荒らしてんじゃねぇっての」
いつか聞いた、この学園の伝説。十年ほど前、今日のように保持者が侵入してきたことがあったらしい。それを返り討ちにしたのは、先生でも保持者の生徒でも何でもない…能力を持たない、ただの一般人だったと。
負けるわけにはいかない。一般人に出来て、保持者の自分達が出来ないわけがない。
「…あーくそ、やべ…愉しいわ…」
久々の強敵に、胸が躍る。
零れる笑みを隠さずに、十夜は正門に飛び込んだ。








「…よーぉ、随分派手に暴れてくれたじゃん?」
「十夜…!」
「……誰、」
月明かりの下に、数人の影が映し出される。地面に倒れこみ、浅い呼吸を繰り返す聖夜に駆け寄って容態を確認して、改めて彼女に向き直った。
月に透ける、茶色の髪。髪色とおそろいの、意思の強そうな瞳。冷たい表情がぞくりとさせる、綺麗な顔立ちの少女だった。
聖夜を庇っているからか、龍の方が押されてきているらしい。
加藤はいなかった。周りを見渡していると、
十夜さん、俺は校舎の中っス!邪魔になるんで、退散してました!
と響く。なるほど、妥当な判断だ。劣勢状態で守るものが増えるというのは、状況的によろしくない。邪魔にならずに、自分を呼ぶという加勢を出来た辺り、一番能力を使いこなしているんじゃないだろうかとも思うが、それはさておき。


「お前だろ?何か色々能力使うって女…面白そうじゃん。次は俺の相手してくれよ」
「……後悔しなさい」
「っとぉ…!」
軽口を叩く十夜めがけて、上から落雷が降り注ぐ。間一髪で避けて、横に飛び退いた。
それを追いかけるように、氷の刃を纏った竜巻が十夜を襲う。
思った以上の実力に若干焦りながらもその刃を蹴り壊して、十夜は叫んだ。
「ちょ…反則だっつーの!なんでこんないっぱい持ってんだよ!」
「この世に反則なんかないわ、貴方が弱いだけ」
「うわー、むーかーつーくー!」


万能の能力を操るあみだが、実際、彼女の身体にそれら全てが宿っているわけではない。
保持者は、非常時のストックとしてそれぞれの能力を石のように結晶化して持っておくことが可能なのだが、それは自分自身しか使えないのだ。
十夜や聖夜のように双子という特殊な関係にあるものの間では、稀に互いのものを使えることもあるが、それでもお互いのものだけ。他は使えない。
だが、あみは、他人の結晶化能力を使いこなすことが出来る。それこそが、あみの一番の強み。
「…終わりよ」
「ちょぉ…!?マジかよ!」
十夜の周りが、炎で囲まれる。逃げ場を塞がれた十夜に向けて、容赦のない雷光が降り注いだ。



「…なーんてな」
「っな…!?」
「いやあ、うん、そうだな。…この世に反則なんかねーんだよ」
あみの瞳が、驚愕に見開かれる。倒れるはずの十夜の身体は、全くの無傷でそこに健在していた。
周りを囲んでいた炎も、彼を貫いたはずの雷光も、姿を消している。
「…な、んで…」
「俺も、保持者なんだよ…無効化(アンチサイ)っつーんだけどよ」
「無、効化…?」
愉しげに語る十夜に苦笑を漏らして、龍が続けた。
「名前くらい聞いたことあるだろ?どんな能力も消し去ってしまえる、対保持者において最凶の能力…お前と同じくらい、反則的な能力だよ」


呆然とするあみに向けて、十夜が語りかける。
「そういうわけだ、おとなしく捕まってくれ」
能力を無効化する絶対防御壁を敷かれた状態では、テレポートで逃げることも敵わない。もう抵抗出来ないだろうと思って弱めに敷いたのだが、それが悪かった。
力の弱まった一瞬の隙を突いて、あみは門に向けて駆け出す。


「あ…!てめ!」
「っ…」


十夜の防御壁から外れたところまで走り、そこからテレポートしてしまった。
先ほどとは逆に、呆然とする十夜に向けて、龍が駆け寄ってくる。
「…何だったんだろうな、あいつ」
「……って!それより、聖夜を医務室に連れてかねーと!」




三人の心に波紋を呼んだまま、事件は内密に片付けられていった。