ネタバレ注意




匂いなんてわかるはずがないのに、そこには酷く死の香りが漂っているような気すらした。
乱戦が行われたのだと人目でわかるそこは、何の因果か皮肉か、この辺りで一番の大きさを誇る大聖堂で。命の奪い合いは、神の目前で行われたのだ。
割れたステンドグラス、根元からぽっきりと折れて砂埃に塗れた十字架。それらが、嫌というほど散在している。荒れ果てた廃墟と化したそこには、典型的な無神論者である自分でも思わず同情してしまう。
からん、と、薬莢の音がした。足元に転がっていた薬莢を知らず蹴ってしまっていたらしい。おもむろにそれを拾い上げたところで、おぼろめく未形の衝動が恭真を突き動かした。


ここは、凛架を殺した場所だ。ここに散らばり、自然に還ることすら敵わず朽ち果てる運命を辿るだけのこの金属の中のどれか一つが、自分の存在意義を破壊しつくしたのだ。
こんな、小さな金属が。その内部を焼き尽くす激情のままに、散らばるものを踏みつける。こんな、こんなものか。失われたものはあれほど大きいというのに、奪ったものはこんなにも小さく、矮小なものだとは。


わずかに残ったステンドグラスに、沈んでいく太陽が反射し、恭真に光が降る。言葉は出なかった。ただ、聞こえもしない、けれど確かに駆け巡る声の檻が、彼をそこに閉じ込めていた。何もない。凛架がいたころには、あんなにも美しく輝いていた世界だって、たった一瞬でくすんでいった。
がらんどうの獣、その言葉が相応しい。あるがままなきもの、それは愛だと。そう言ったのは誰だったか。


意味もなく、ただ聖堂の中を彷徨う。黒ずんだ血痕も無視して、もういない彼女を探すように、色を失った灰色の瞳が宙を泳ぐ。ふと、聖堂の中央、上からステンドグラスを通して様々な色の降ってくるその床に、見知った煙草の吸殻が静かに鎮座しているのを見た。凛架の、愛用煙草。香水の間に、僅かにこの香りが混じるのが、たまらなく好きだったそれだ。中途半端に残る噛み痕と、色濃く残る口紅に、ここでこれを咥えながら銃を構える凛架の姿が、容易に脳裏に描き出される。まだ長く残ったそれは、たましいの燃えがらのようだった。


そう、あの日々の中で、にせものになった言葉など一つもないと。誓うように、請うように、縋るように口にする。陽は沈みかけていた。
たそがれに溶けゆく橙のように、死にぎわの太陽がまぶたをつらぬくのだ。
自身の銃を取り出して、意味もなく残ったステンドグラスを打ち抜く。硝子の破片は飛び散った。未来も、脈打つ最後の一音さえ捧げよう。銃声は反響する。



うつろなる残響を聞け。




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