花梨(かりん)…あみの友人。実家は京都の老舗料亭。
翁…花梨の祖父。以前冷泉家に仕えていた。
終わりが中途半端ですが続きません。






些細なことで、彼の素顔に近づくことになってしまった。
友人である花梨と、撮影で立ち寄った京都を歩いていた時のこと、不意に大きな、料亭らしき屋敷から先輩が出てきたのを見かけたことから、話は始まる。
さすがお坊ちゃま、こんな凄い料亭に堂々と入るとは…と呟くと、隣にいた花梨が照れ臭そうに口を開いた。


「あ、ここ…私の家なんだ」
「……うっそぉ、」


思わず、立ち止まる。それに気付いたのか、中から「お嬢!」という声が聞こえてきて、あれよあれよという間に中に連れて行かれてしまい…


「久しぶりじゃな、花梨…お友達のお嬢さんも、いらっしゃい」
「ただいま、おじいちゃん」
「…お邪魔してます」


大きな部屋に通される。それだけなら慣れてはいるけれど、こういった名家といった屋敷には今だに慣れることが出来ない…和服を着て上手く歩けない自分はやはり徹底して洋風に合った人間なのだろうなぁと現実逃避をしつつ、多少打ち解けたところで、先ほどから気になっていたことを思い切って尋ねてみることにした。


「あの…一つお聞きしたいことがあるんですけど、いいですか?」
「うん?なんじゃ、お嬢ちゃん」
「えっと…さっきここに来てた人いますよね?冷泉紫苑っていう人なんですけど…やっぱり、よく来るんですか?」
「よくいらっしゃるも何も…冷泉の若君には、いつもご贔屓にして頂いておる。そもそもうちは、元はと言えば名門冷泉家の御庇護の元で成立していった料亭。その御縁もあって、儂は先代当主様が幼少のみぎり、恐れ多くもお遊び相手を勤めさせていただいておる。現当主様に至っては、呼びつけて頂ければ此方から出向かせて頂くというのに、わざわざ足を運んで下さっておった」
「現当主様、って…恭真さん?」
「おお、当主様の知り合いかの?儂如きが御名を口にするのは憚られるが…うむ、ほんに美しい御方じゃ」
「……、」


思わず、唖然とした。
美しい、確かにそうだろう。あたしは、彼より綺麗な人間は見たことがない。あれは、まるで芸術品だ。洗練された所作はどれも完璧に艶めいていて、魂ごと持っていかれそうになる。
けれど。
それは、あくまで見た目の話。彼には一方的に気に入られてきたから、よくわかる。
彼は、歪んだ人間だ。あまりにも美しすぎて、それがあまりに綺麗にバランスを保っているから、大抵の人間は気付かないけれど。
彼は、まるで人形のよう。そこに、何の感情も認められることはない。
それが、あたしの中の彼だったから、翁がこれほど彼を賞賛することにどうしても違和感があった。深く関わっているだろうことは、先ほどの言葉から汲み取れるというのに、どうしてなのだろう。


「…主は、先代当主様の話を聞いておるかの?」
「……いえ、聞いてません」
「あの御方は…そうさの、どちらかといえば、現当主様より、若君に似ておられた」
「先輩に…?」
「…美しい、方じゃった。当主様も、若君もお美しいが、それに負けず劣らず…そして、恐ろしい御方じゃ」


ぽつり、ぽつりと、翁は話し始めた。
血も凍るほどの美青年だったという、冷泉の先代当主のことを。


常に穏やかで美しく、一族を、そして妻を何よりも愛した彼の父。
誰よりも強かった、冷泉の当主。
崇高なる夜の王…臈たけなる悪の華。


「あの方は…現当主様が御生誕なさった日に、御逝去なされた。北の御方様も、当主様の御命と引き換えに御命を落とされて…当主様は、生まれたその日に当主になられたのじゃよ」


生まれた時から、子供ではなく冷泉という名門一族の当主として育てられた。
周りの大人は、彼に傅くのみ。
彼の周りには、家族という枠組みすらなかった。







そうして育った人間が、どれほどの感情を欠落させ、また渇望して生きていくのか、想像に容易い。