二人の中学時代の話
少しのネタバレを含みます





「シード!遊びに行こう!」

眠くて机に突っ伏していたシドの前にひょっこりと現れ、そんなことを口にしたのは最近親しくなった冷泉恭真という人間だった。最初出会ったときには、まるで人形のような、感情さえないのではと疑ってしまうほど無表情で、そこに無理矢理笑みを貼り付けたような表情ばかりしていた気持ち悪い奴という認識でしかなかったが、最近はちゃんと人間らしい表情が出てきたのではないかと思う。
言葉を覚えたての赤ん坊のように、新たに覚えた感情や表情を恐る恐る、それでも素直に表すから、どこかちぐはぐで違和感は付き纏うけれど、それでもシドはそんな恭真にかなり好意を抱いていた。
何も知らないというから外の遊びに連れ出してやれば、全てに目を輝かせてあれは何、これはどうするの、と無邪気に楽しんでいる。率直に言ってしまえば、自分に懐く猫のようで、どこか可愛かった。
大人びた表情に幼い言動、無邪気な笑みで口にするシビアな言葉、自分の前でだけ見せる狡猾な一面。異常とも取れる彼の内面に、シドはそれでも離れなかった。
せっかくこうして自分に心を開いて、自分を頼ってきているのだから、もっと世界を見せてやりたいとも思う。それと同時に、彼は唯一自分が頼れる人間だった。初めてだった、自分と同等の存在は。

シードラ=インフェルノは、イタリアの王族の家系に生まれた。
家紋の後継者は自分の従兄弟で、本家の一員として数えられる存在である。幼い頃から、大勢に傅かれて生きてきた。日本に来たのは、そんな環境が煩わしくなったからであり、特に深い意味はなかった。そして留学先として家に選ばれた学校に行ったのだが、そこがまたややこしい場所であったことに落ち込んだのはまた機会があれば語ることにして。

そこで、シドは恭真と出会った。
自分と同じ、特別な人間だった。特別な家に生まれて、特別な能力に恵まれて、そして、自由のない存在。それも、彼と比べれば自分はマシだったのではないかと思われるほど雁字搦めに縛り付けられていて。家族もない、親しい人間もいない。ただ、崇め奉られて上座に座らされて。誰にも甘えることを許されず、頼ることも許されずに。中学に上がってこの学校に来るまでは、家から出してさえも貰えなかったと聞いたときは本気で彼の家の常識を疑った。それでは、あんな壊れた人間が出来上がって当然だろう。
見ていられなかった。人形みたいな彼を見ていたくなかった。だから、連れ出した。
彼の世界はもうとっくに開けていて、もうどこへでも行けるということを、教えてやりたくなった。気付いたら、彼の手をとって走り出していた。
がむしゃらに掴んだその手が、知らないうちに握り返していたことに気付いたときは、どこかくすぐったくて、嬉しい気持ちになった。
お互い、初めてだった。友人というものを作ったのは。だから手探りの状態ではあれど、楽しいことは一緒にしようと笑いあったのは記憶に新しい。

さぁて、今日は何をしようか。



「どこに行く?」
「あ、バーってとこ行ってみたいな。楽しいんでしょ?」
「ばーか、あれは夜行くもんだぜ」


二人が悪い遊びに嵌まる日は、そう遠くない。