世の中には、とにかく馬鹿みたいに他人に好かれる人間というものがいる。


「刹那―!」
「お、琥珀、はよ」


その最たる例が、遠野刹那だ。
彼は、水無月高校の一年生であり、日本生まれであるが、イタリアの血が強いクオーターだった。
有名人の多いこの学校中でも、おそらく、最も生徒達に好かれているであろう存在であるだろう。
もちろん、彼に対する反発や、嫉妬、妬み、その他もろもろの負の感情もあるのだかが、彼はいわゆる「クラスの人気者」タイプであるため、そういった反感が少ないのである。
第一印象としては、なんかわかんねーけど面白い奴、というのがほとんどだろう。

彼は、基本的に優しい。
とはいえ、別に博愛主義というわけでもなく、その身体に流れる血のせいか生粋のフェミニストであり、何をするにも女子が優先、女子が第一。
可愛い女の子にはとにかく甘い。
女の子にデートに誘われれば何を放り出してでも駆けつける。欲望…と言っていいのかはわからないが、とにかく自分の欲優先になることもしばしばだった。
女の子が泣いていたら、そちらの女の子が悪くてもとりあえず男子を怒ることも少なくはない。理由は、可愛い子を泣かせたから。それだけで大罪に値するというのが刹那の持論である。もちろん、後できちんと話を聞いて、女の子が悪かったなら、男子にはきちんと謝るし、女の子も怒る。
滅茶苦茶な性格ではあるが、そういった俗物的なところが、かえって男子からの反発も薄くしていた。


刹那は、典型的なクラスの中心だ。
男子、女子問わず、常に大勢の人間に囲まれて笑っている。
彼の周りには、自然と人が集まってくる。刹那が何かしようと誘えば、一瞬で十数人は集まるくらいに。
一度、彼がカラオケ大会をしよう!と提案して、結局学年の半分ほどが集まってしまったのはいい思い出である。結果、カラオケ店の部屋をほとんど埋めてしまったのは記憶に新しい。


刹那はフェミニストであり、とにかく女の子が大好きだった。
可愛い子は天使!俺の生きがい!と公言しているのは誰もが知っているが、実際、そこまで容姿にこだわっているわけではない。
刹那の在籍するクラスは、今は誰もが仲良しだが、入学した当初は、やはりというべきか、ばらばらのグループにわかれていた。
いわゆる女子の中心的グループもいたし、地味めなグループもある。そんな中、その地味めなグループの中の女の子がクラス委員長となり、その雑務を刹那が手伝ったことから事件は起こった。

一部の女子が、その委員長に陰湿な嫌がらせを始めたのである。
もちろん、刹那としては特別な意味は何も無く、ただ彼女が重い荷物を一人で運んでいるのを見かけ…女の子大好きな刹那が、そんな荷物を持っていたら君の白魚のような華奢な指先が痛んでしまうよそれは俺が困るんだだから雑務なんか俺に言いつけてくれていいんだよ、などと言って手伝っただけだった。
多大なる誤解を招きそうな言い回しだが、彼のこれは女子を相手にしたときのスタンダードである。出会い頭の口説き文句は、挨拶代わりだ。
この辺りで、男子からのイメージは軽いナンパ野郎になった。女子からは、もう王子様扱いである。
学校の王子様になりつつあった刹那に、声をかけられた。挙句、手伝ってもらった。しかもそれが習慣化している。
嫉妬とは恐ろしいもので、それが瞬く間に広がり、イジメにまで発展したのだ。


少しして、それを知った刹那が、教室で彼女達を怒鳴りつけ…は、しなかった。

「最近、委員長に嫌がらせしてるんだって?」
「せ、刹那君…」
「どうして、そんなことするんだ…!」
「っ…、」
「そんなの、美しい君に相応しくない!」
「……はい?」

「君のこの華奢な腕は虐めなんて陳腐なことをするためにあるんじゃないんだ、君の美しい唇はそんな汚い言葉を吐くためのものじゃないんだ、そんな暇があるなら俺とデートしてくれよレディ!」

刹那は、虐めの主犯格の女の子達を、口説いた。
てっきり嫌われるとばかり思っていた女子達は、意外すぎる言葉にポカンとなる。そして、みるみる内に真っ赤になっていき…

「う…っ、ご、ごめんなさい…」
「ごめんなさい、刹那君…」
「あやまんなよ、それを言う相手は俺じゃないぜ?」


この事件をきっかけに、女子は一つになった。
地味だ、派手だ、の境はなくなり、おしゃれに詳しい子が疎い子に教えていたり、逆に校則に反しないおしゃれの仕方を教わったり…とても仲良くなっていった。
もちろん、委員長も彼らと仲直りをし、今では美人委員長としてちょっとした人気を集めている。仕事は、刹那の「女子にばっか重いもの持たせるなんて男失格だ!モテねぇぞ?」の一言により、居合わせた男子が手伝ったりもしている。
次第に男子もまとまり、今ではクラスもまとまった。
その中心には、いつだって刹那がいる。



「刹那君、おはよー」
「よー遠野、今日ってテストあったっけ?」
「刹那ー、今日遊びに行こうぜ!」



王道の、学校の王子様。
誰もに好かれる、学校のアイドル。

ただ一つ違うのは、
刹那が、実は女であるということだけ。