「美しいと思わないか」
不意に彼はそう言った。


「急にどうしたの?」
美しいというのなら、これほど彼に似合う言葉はないだろう。
いや、その言葉そのものが、彼のために在る言葉だ。
彼は美しい。
いや、そんな言葉では足りないかもしれない。
この世のありとあらゆる美への賞賛を集めてきたって、きっと彼の美しさを称え切れはしないのだ。
自分の身体に回る、大理石の彫刻と見間違うばかりになめらかな腕に手を重ねて、そう言葉を返す。
美しいというなら、貴方に敵うものはないでしょうに。そう、言外に告げながら。

それを感じ取ったのか、彼がまた笑った。
彼の笑みはとても好きだ。
現実味のない、作り物のような笑み。ただ、それは作り物だからこそあまりにも美しくて、それに飲まれそうになるのだ。
私は、その彼に飲まれそうになる瞬間がとても好きだ。
一瞬の眩暈と倦怠感と、それから怠惰な誘惑の織り成すその快楽に抗う瞬間が堪らない。堕ちそうで堕ちない。そんな私を、彼がマリオネットのように抱き寄せるその一瞬に見せる、愉悦に塗れた笑みが作り物の仮面から零れ落ちる瞬間があまりに美しいからだ。

それは駆け引きではなかった。
大人の恋愛と呼ぶには、あまりに私は彼に愛されなさすぎた。
けれど、子供の戯れと呼ぶには、私は彼に溺れすぎていたのだ。



「世界が、だよ」
私の好きな微笑みを浮かべて、彼がまた言う。

「世界?」
「そう、世界」

これは言葉遊びだろうか。
彼は、意味の無い言葉の羅列を操って意味を与えていくのがとても上手かった。
まるで神様みたいだ。
がらんどうの言葉は、彼が口にするたびに一つずつの意味を与えられて私の世界に溶け込んでいく。


「世界は大嫌いだ、でも、同時にとても美しいと思うよ」
彼が言うならば、世界とはきっと美しいのだろう。
おそらく、彼の次くらいには。



世界は、美しい。
そうかもしれない。彼がいる世界は、きっと何よりも美しいのだろう。


「……Siccome è Mondo che Lei amò, è molto bello.」
「…え?」


彼の呟いた言葉は聞き取れなかった。
彼の白磁の肌の上に輝く、チェーンに吊り下げられた指輪が、応えるように静かに輝いた気がした。










君の愛した世界であるから、それはどこまでも美しい。