その少女は、異様なまでに美しかった。
 街に出るならば、誰よりも目を惹いてしまうほどだ。世の白い絵の具に目映い光を照らしたようななだらかな肌。その肌を見せまいとしているのか、頬にかかる全てを飲み込んだ闇のような髪が少女の存在を色濃くさせる。

 白いベッドに、膝を立てながら寝転ぶ少女はなんて扇情的なことか。男に抱かれる為だけに生まれたと言っても過言ではない肉付きに、プロポーション。そんな少女の動きも艶かしく、ゆっくりと右太ももを上げた拍子に、彼女の恥部から溢れだす、彼女の肌に溶けるような液。林檎のように赤く、ふっくらとした唇に這う更に赤い舌先は噛みつきたくなる程だ。


「……よく、分かりませんね。何故、私に手を出したのか……」


 そして、凛とした瞳が、自分に向けられる。何を見ているのか、理解できなくなるほど遠くを見ているような力強い眼差しが、僕の心を貫くようだ。


「……私は、うーん。ま、人妻みたいなもんですよ。なのに、何でそんな……セシリオのモノだと知って私をここに閉じ込めたのですか? リスクがありすぎます。それに、貴方の容姿ならば、女性なんて選び放題でしょうに」


 セシリオ。裏の世界では悪魔の処刑人だなんて呼ばれている。
 酷い殺し方をする殺し屋だそうだ。しかし、仕事は必ず遂行させる。彼に恨みを持ち、彼を亡きものにしようと数多の殺し屋が挑んだが――きっと、彼らはこの世にいないだろう。
 その女が、目の前にいるシオリという女だった。


「君が欲しかった、って言ったら納得できる?」


 その男のものだろうと、僕は彼女が欲しくなった。
 ふと、偶然街で見かけた時、男と並んで歩くシオリの姿が、目に焼き付いて、記憶から離れなかったんだ。

 だから、僕は知り合いを使って、君の男にわざわざ長期になる依頼をした。男が消えた君を捕まえるなんて容易いだろう?
 しかし、問題はそこからだ。
 シオリは、僕が抱こうとも、殴ろうとも、罵ろうともケロリとした顔をする。その美しい顔に、何の表情も浮かばない。あの街で見かけたような微笑でさえ、恐怖でさえ、浮かばない。


「セシリオさんに殺されますよ」


 それでも、少女は彼の名前を繰り返す。彼女の熟れた唇から、俺の名前が呟かれたことなんてなくて、彼女の口に自分の手をつっこみ、あの男の名前を言えないようにしてやる。


「ねぇ、俺の名前を言いなよ」
「けほっ……嫌って言ったら、どうします?」


 口から、彼女の唾液と共に抜き出された手。そして、感情を伴わない、彼女の言葉に眉間をしかめる。


「……言わないなら、言わせるまでだ」
「だから、無駄ですって」
「何で」
「私は、貴方に何されようがしったこっちゃないです。拒否しても、男女の力の差は目に見えてるんですから。それは、セシリオが遅いせいですね」


 何で、君はまだあの男の名前を呼ぶんだ。
 君の中には、僕のものを注いだのに。
 彼女の体につけたはずの跡がない。彼女の腹に刺したナイフも彼女の血がこべりついているだけで、穴なんて空いちゃいない。


「貴方が私に何をしようとも……私は、貴方に何もしませんから」


 それでは、何も残らない。
 孕ませればいい話だ。だが、彼女を孕ませられる予想ができない。彼女に触れても、彼女の中で果てても、本当に彼女を掴めているような気ができない。


「……閑って、呼んでよ」


 すがるような願いと共に、俺はまた凶器を手にとる。
 そして、彼女は始めてわらった。それは、まるで悪魔の嘲りのようで――……。


「偽りで満足するとは、お腹が捩れてしまいそうですねぇ!」


 ああ、嫌な女に引っ掛かってしまった。