如月鈴太君は、僕の唯一無二の親友だ。
 悪いことは一緒に沢山した。バカみたいなことも。
 バケモノの彼に惹かれてしまうのは自分の生まれ持っての宿命と似たものだったのかもしれない。
 だけど、それだけ。
 僕が鈴太君を好きだと言っても、彼は僕を気持ち悪いと罵る。
 それでいいんだ。君が孤独に押しつぶされなければ、君が壊れて破壊活動ができなくならなければ、君が君のままであるならば、僕はどうだっていいんだ。
 でもね、携帯で『僕、人生おしまいの合図。今までありがとう鈴君』なんてメールを送った時、『場所』だけ返信されて、汗をかきながら助けに来てくれた時は嬉しかったんだ。僕が望むものでなくても、君も僕を特別に思っていてくれたことが、とても嬉しかった。僕の身体を心配してくれたことも、嬉しかった。


「男にまで股開くとか、きしょすぎんだよ。もっと自重しろ」
「……男からの仕事は受けてないんだけどねー」
「お前、女なら見境なしかよ……」
「違う違う。不倫してでも僕が欲しい子が僕に依存して壊れていくの見るのが好きなの」
「…………チッ」


 鈴太君は、舌打ちをして僕に背を向ける。
 大きな背中は、僕にはない逞しさを感じさせる。そっと手を伸ばして、そのシャツに手をはわせて、それで、鈴太君に……。


「ゴハッ!」
「!?」
「いや、いやいや。ううん。何もないよ? 僕は女の子大好きなんだ。女の子の身体やらかくて大好きだふごっ!?」
「死ね!」


 なんで殴られないといけないんだろう。自分への言い訳と嘘、そして怒りながら帰っていく鈴太くんの背中を見送りながら、頭を自分で撫でる。まぁ、よかった。欲情しかけてたからねー。道端でスタンバイOKなんて洒落にならないし。


「あれ、片思いなの?」
「ブッ!?」
「君、綺麗だし、あんな顔して喫茶店に入ってきたから両思いかと思ったんだけど」


 この人は鬼神出没するタイプなのだろうか。
 地面に座り込む僕に、微笑みかける冷泉恭真。バックの太陽がまた眩しくて、思わず目を細めてしまう。そんな僅かな視界でも、冷泉恭真の差し伸べる大きくて、それでも繊細さを失わない手がハッキリと認識できる。


「立てるかい?」
「……大丈夫、です」


 その手をとってしまえば、終わり。それくらい僕だってわかるんだよ。
 自分の力で立ち上がって、スーツを整えようとすると、冷泉恭真が僕のスーツをぽんぽんと叩いて、整えようとする。


「ちょ」
「君みないな綺麗な子は、綺麗な格好をしないと勿体無いよ」
「……冷泉さんの方が、綺麗ですよ」
「嬉しいこと言ってくれるね。ということは、脈アリと思ってもいいのかな?」


 くすくすと、鈴の音を転がすような綺麗な笑い方をする冷泉恭真。もったいぶった発言。人を惑わすような発言。これは策略なのだろうか。
 人を惑わすことを得意としているからこそ、相手が自分を惑わそうとしていることに気がつける。だけど、なんでこの人は僕に執着するのか。泣かせたいから? 享楽のため……?
 多分、この人は自分の楽しみのために他人を踏みにじれる人間だ。僕や、鈴太君みたいに。
 冷泉恭真は、ゆったりと、小さな芸でもしているかのように優雅に顔を傾げ、僕の顔を覗き込みながら、人を視覚でも、聴覚でも、言の葉でも惑わせられるだろう唇で、紡ぐ。


「――手伝って、あげようか?」
「は?」
「あの子と、両思いになりたいんでしょう?」
「あはは! やだなぁー冷泉様のお手を煩わせるわけにはいきませんし! 僕はそんなこと望んでませんよ!」
「じゃあ、僕がもらっていい?」


 言葉が、一瞬止まってしまった。
 ちゃんと笑顔を浮かべられているだろうか。
 冷泉恭真は、未だに角度も変えず、表情も変えず、僕にじっと笑顔を向けている。それが壊れた人形のようで、思わず唾を飲み込んでしまう。


「……当たり前じゃないですかー! ま、鈴太君は男のコとそーいうことしたがらない人間だからおすすめはしませんがね」
「へぇ」


 だけど、僕は今日も虚言を吐く。
 僕自身のためにも、素晴らしい彼のためにも。
 僕みたいな失敗作は、結局部外者なのだから。

 でもね、本当は好きなんだ。大好きなんだ。
 僕を愛してほしい。僕を必要として欲しい。
 君の大きな腕で抱きしめられたい。大きな手で手をつないで欲しい。
 君の唇から、好きだと聞きたいんだ。
 でも、それはいけないこと。
 僕の独りよがりの欲。


「じゃあ、君は、いいんでしょ?」
「……なんで、僕なんですか」


 ふと、冷泉恭真の雰囲気が変わった。
 まるで、僕が好きなあの人のように、不敵に笑いながら、僕の肩に手を這わす。それは蛇のようで、きっと楽園を追放されたアダムとイブは、こんな風に言い負かされたんだろう。


「そんなの、どうだっていいでしょ?」


 我が儘で、横暴なセリフは、あの人が言い放ちそうで、そのまま冷泉恭真は身動きがとれなくなった僕の腰を引き寄せ、抱きしめる。


「僕は、君が欲しいんだ」


 情けないくらいに、僕は彼を冷泉恭真に重ねていた。