微妙に僕らは互いに足りないようで。とlinkしてます


いつからだろう、彼がオカシクなったのは。
いつからだったか、彼に愛されている自信がなくなったのは。
私は臆病な女なのです、愛されているという確信がないと誘えないバカな女なのです。

「リンカ、おいで」

伯爵に呼ばれて着てみれば床一面にドレスが散らばっていた。ふんわりと刺繍をあしらったワンピース。黒をベースとした大人っぽいマーメイドドレス。
白をモチーフとした品がある大人びたドレス、沢山たくさんとにかくあった。
どうしたの?と呟けば君に似合うと思ってと恋人としてごく当たり前だろうとでも言いたそうな声色が返ってきた。

「どれがいい?」

「どれでも、いいわ」

そんな私の反応にさして気に障っていないのかどれにしようかと首をひねって考えている彼の姿を梨花は見た。
嬉しそうな、楽しそうなごく普通の顔を。だけど今の梨花にとってそれはごく普通ではなくて、ふいにぞくりと寒気がくるそんな笑顔だった。
今梨花がつけているネックレスやドレス、ブレスレッドはどれもみなカインが買い与えたものだ。
他の誰でもない恋人からの贈り物、それは他の人からみれば羨ましいだろう、だが梨花の顔色はあまりよくはない。
むしろ貰うのをためらっているようにも見える。

物を身に着ける度、彼の物だと言われているようで。
物を受け取るほど鎖のように身動きが取れなくなる。


かわいい服や素敵なネックレスなどは誰しも女は欲しがるだろう。梨花もそうだった、だがこれは異常だった。
貴族と言うのが仇になったのか毎日のように物を買い与えるのだ。
それも彼が選んだもので私に選ぶという選択肢はない、選ぶと言っても彼が買ってきた中から選ぶというものばかりだ。

いらない、こんなにも要らない。
私は、こんなにも欲しくない。


でも要らないといってしまったら彼はどうなるんだろう?要らないと言い出せないそんな気迫が今の彼にはある。
拒否すれば何をされるか、わからないそんな恐怖。
もしかしたらわかったとほほ笑んでくれるかもしれない、頭を撫でてくれるかもしれない。
だがそんな少しの希望は以前一瞬でかき消された。

椅子に腰かけた梨花に向かい合うように膝をつき、赤い靴を履かせる行為なんて以前の彼ならば絶対にしないことだった。
膝をつき、手の甲をとる仕草なんて伯爵らしくない。それは以前の彼が言っていたことで、父親を見ながらそう愚痴を吐いていたのを梨花は覚えていた。
そんな彼が今自分に膝をついている。ヒールの紐をきつくならないようにゆっくりと楽しそうに結んでいる姿が見えた。

「ねぇ、伯爵そんなことしなくても自分で、できるわ、私」

「私がやりたいんだよ」

「でも、いやだって、言っていたじゃない」

「そうだったかな?」

そう笑った彼の顔がまるで仮面のようだった。張り付いた、私をみていない笑顔。
動いていいよと言うので椅子から降り、彼の手を取った。ふんわりと笑う濃厚な赤い瞳が梨花を見る、嫉妬のような憎悪のようなそんなさまざまな感情を隠しているかのような目だった。
目は口ほどに物をいうとはよく言ったもので梨花は思った。


彼が怖いと

何も言わずに優しくする彼が初めて怖いと感じた。
欲しいと言われたらすぐさまあげるのに、何も言わず。ただただ優しくするばかりこれでは恋人なのか知り合いなのかわかったものではない。

「伯爵」

「なぁに?」

膝をついている彼の両頬を手で軽くふれ、前髪をかきわけるようになでた。くすぐったいよという彼に「キスして」と言えば嬉しそうに口元を歪め頬に触れるだけのキスをした。
これでいい?と聞くのでうんと答えたらぽんぽんと頭を軽く撫でられる。
この人は何がしたいのか
私をどうしたいのか。

「リンカ、じゃぁ会場にいこうか」

「えぇ」

梨花の前に出された大きな手にすがりつくしかなかったのだ。



紅茶のいい匂いで目を覚ます。ソファーで寝てしまったのだろう、重たい瞼をこすりながら梨花は起きた。
彼女の体には毛布が掛けられており彼がしてくれたのだろう、ほんのりとお日様の匂いがする。
うつらうつらと首が揺れまた夢の世界にいきそうになる心地よさ。
梨花のテーブルにこつりとコップの置く音がし、置いた主を見上げた。黒い長い前髪が揺れ赤い眼が優しそうにほほ笑んだ。

「どうぞ」

「ありがとう」

湯気がゆっくりと上がり、コップに触れると暖かい。一口飲み干すとほんのりと紅茶の葉のいい香りがした。
目の前のカインはコーヒーを飲んでおり、じっとみていると眠れなくなるからだめだよと忠告する。
また残業なのだろうか?毎度毎度いつになったら2人で旅行にいけるのか、ため息まじりに息を吐くとうっすらと白い。
暖炉をみると火が消えており、うすら寒かった。毛布にうずまるようにもぞもぞとかきあつめ、体が冷えるので暖かい紅茶を飲み干す。

「寒い?」

「……少し」

「火つけようか」

「伯爵は寝ないの?」

「んーー、もう少し」そう言いながらカリカリとペンを動かす仕草が見えた。
梨花はぼうっと辺りを見渡し目の前のチェス盤をみた。暇つぶしにとやっていたのを思い出す、結局勝敗はわかりきっていたけれど。
ふと指に違和感が走り手をみた。
昨日まではなかった物が自分の手にはまっているのが見える。
指輪だ小さいけれど丁寧に装飾されたおとなしめの指輪が梨花の指にはめられていた。
珍しく驚いた表情の梨花がカインをみた、彼はただただほほ笑んで「似合ってる」とだけ口をこぼした。

そんな暖かな思い出だけがよぎる。
今も着けている指輪は恋人という証ではなくただの鎖にみえた。
私を繋ぎとめるただの重たい枷。
もしこの枷から逃げたとしたら彼はなんて言うだろう、私をどうするだろう?
ふとそんな思考が頭をよぎる。だから確認したかった。

「伯爵、私のこと好き?」と

カインは少しためらってこう言ったのだ。

「壊したいくらいには好きだよ」と。
それは物を大切にする彼に似合わないそんな台詞だった。