私は怪獣が小さい頃から大好きだった。
 自分の願いが叶わないのならばと、紙の上で自分の世界を作り出した。
 推理小説、サバイバルゲーム、ドロドロとした恋愛事情。
 それでも、やっぱり本物のバケモノは書けない。私には想像出来ないんだ。

 本当のバケモノは、何を考え、願い、生きているんだろう。


「ねェ。目玉ちょーだァい?」


 父に繋がりがある研究所を出た後だった。子猫のように甘えた声で、日常では考えられない欲を吐き出す甘いマスクをした少年が、ニコニコと笑みを浮かべて私に訊ねた。

 あまり人の外見に綺麗だと分かっていても、心動かされることが無かった私は、血に染まった青い髪の少年を目の前に、恋に恋する少女みたいに胸をときめかせていたのだ。


「貴方は、目が好きなのですか?」
「だァいすきィ。だからァ、ちょーだい?」


 くれとお願いしてるはずなのに、もう錆びたナイフを構えて私の目を狙ってきている。
 理不尽きわまりない。しかし、本音はその理不尽さに私は憧れた。
 なれるのなら、私もああなりたいって思っていた。

 でも、それはそれ、これはこれ。
 今の私の目玉がとられたら、目の前の素敵なバケモノは死んでしまう。
 私の髪一本、誰にも譲ることはない私の所有者に、玩具にされてしまう。
 それは頂けない。私は彼を愛してはいるが、彼が快楽に身を任せる殺人を止められないように、私もバケモノに憧れることを止められないのだ。私の彼もバケモノだから別? そんなことない。憧れの対象は、たくさんいたらそれだけいい。相殺なんて、させるものか。


「……あのね、私以外の目あげるから、私のは見逃してくれないかな?」
「今、欲しいンだけどォ」
「私のより飛びきり凄い目だよ。だって……千切られてるのに、動いてるんだもの」


 少年は、千切れているのに動いている目というものが気になったみたいで、それを見てから決めるなんて言ってきた。
 少しは、助かったのかな?


「ねェねェ。おねェーさん名前なンて言うのォ?」
「史織だよ。歴史の史に、織姫の織。織物でもいいかもね」
「ンー。わかんないからァ、史織って呼ぶゥ」
「君の名前は何て言うの?」
「……ヨルゥー」
「ヨル君、か」


 明らかに偽名だけど、だが仕方がない。ちょっとだけ、残念だけどね。
 もうちょっとヨル君を知りたいな。


「史織ってェ、エロい身体してンよねェ」
「そうかな」
「セックスとかすンのォ?」
「ご想像にお任せしようかな」
「じゃあァー俺とヤるゥ?」
「ごめんね。私、身体許してるの一人だけなんだ……じゃないと、私の彼氏に君が殺されちゃうから」

 ほんの少しだけ、ヨル君に微笑んで私は先を歩く。
 何だろう。ヨル君の発言はセクハラみたいな下劣って感じがしないんだよね。なんて言うか……素直な子どもみたいな感じ。


「鈴兄ィってェ、インポでしょォー? どォやってェ、勃つのォー?」
「…………えっ?」
「動く目もォ、気になるけどォ……史織のォ……目も綺麗でェ、俺好きだなァ……それにィ……史織ヤったらァ……鈴兄もォ本気だしてェ……俺とヤりあってくれるかもだしィ……?」


 ヤりあうだと。あの人、男にも手をだしていたのか。
 ヨル君が私の顔目掛けて付いてきたナイフを避けることは、剣道の経験で容易かった。だけど、その次って面を打つ……攻撃力無い上ブツもない。
 距離を開けようとした時、後方に身体が引っ張られる感覚がした。
「……真白、テメェどういうつもりだ」
「あー、鈴兄ィだァー」
「あー、じゃねぇだろゴラ。史織に手を出すなって……お前は聞かねぇよな」
「鈴兄ィ、俺とヤりあおうよォ……?」
「如月さん。返答次第じゃ貴方の股間を蹴りますよ」
「はっ!?」


 私を後ろから首に腕を巻き付けて、抱き締めているのは私の恋人兼所有者だ。だけど、女なら仕事でならまだにしろ男とまで体の関係があるならただじゃ済まさない。私じゃ満足できないっていうのか。回数に限っては我慢している方なのに。


「……はぁ。コイツは真白。俺の知り合いの知り合いの……ペット?」
「鈴兄ィ考え方面白ォーい」
「……いや、お前のボスもそう例えてたろーが……ったく。お前殺すと面倒なんだよなー…」
「選り好みなんてェ似合わないと思うけどォ?」
「趣味は長く続けんのが一番だからな。お前の皮も他のヤローの皮も同じ。ま、史織は違うけど……な、史織」


 後ろから、急に耳元で囁いてくるもんだから、慌てて離れようとするけど、如月さんの腕はビクともしなくて、逃げられない。


「……でも、次、俺の女狙ってみろ。テメェの身内もろとも血に染めてやる」
「あはァ……さいこォー…」
「……あのなぁ」


 何か頭上と目の前で会話が進んでしまっているけれど、浮気ではないし、私が思っている関係柄ではないのか。そう理解したらはずかしくって、顔を両手で隠してしまった。


「……史織?」
「クスクス……かわいィー。食べたらおいしいィのかなァー…?」
「だーかーら……」
「今日は鈴兄ィ本気になってくれそうにないしィ、帰るゥ」
「……そうか」


 やれやれと、だけど大して興味もなさそうに如月さんは抱きついていた腕を解いて、私の手を掴んだ。向こうで背を向けた真白君というバケモノはフラフラと、猫のしっぽみたいにユラユラ消えていく。


「……如月さん」
「何だ?」
「彼は、何者なんですか?」


 そんな彼から、如月さんを見上げるように視線を移すと、如月さんは真白君のことを聞かれること自体を嫌がってるような顔をしたけど、ちゃんと答えてくれる。


「……巷の、目玉狩り」
「へ?」
「お前が考えるようなもんじゃねぇよ。お前は俺だけを見て、俺だけを考えたらいい」


 お前の目玉も、俺のだからな。そう言い切る如月さんに、不思議と笑みが浮かび、隣を並んで歩く。

 猫みたいなバケモノと出会った一日のお話。