「真白、逃げるな」
「勉強なンてしなくてもォ、生きていけるしィー」
「お前が本読みてぇって言ったんだろーが」
「……何でェ鈴兄はァ、勉強できるわけェ……?」
「……聞くな。ヘドがでる」


 物わかりが悪くない方ではなかった。まぁ、どちらにせよ、自分の戦いに対する才能よりは大きく劣るが。
 それでも、人並みかそれ以上、中学も卒業することなくできるかというと、師匠を名乗る男のせいだ。異常に話すあの言葉から逃れるには、勉強が一番良かったんだ。じゃねぇとアイツは黙らねぇ。
 あと、殺しに予想は付き物だからな。理解は出来なくても予想はできる。


「……ああ、思い出しただけで吐き気がする」
「こんなことよりィ、保険体育の勉強したいんだよねェ。史織おねーさんの身体で、セックスか人体解剖」
「ふざけんなよ」
「こわァ」


 ケラケラ笑うが、どちらも本気だから気が置けねぇ。嫌いじゃねーけど、史織が絡むと面倒だな……史織がいなけりゃ、対応楽だったのに。
 居なくなって欲しいなんて思ってねぇけど。


「おら、さっさと教科書みろ」
「いたァッ」


 頭を掴んで、無理矢理教科書に顔を向かせる。真白は本気で嫌なのか、不機嫌になりつつあった。
 ……他人に勉強おしえんの、面倒だな。
 とりあえず逃げないように、ナイフで袖をテーブルに固定し、隣に腰かけて、教科書を指差す。


「……正直、お前が人物の理解が出来るかというと出来ないと思う。だから、前後の文、今までの流れで大まかにどうでるか例を覚えていけ」
「暗記きらァーい」
「嫌いって言って放っておくんじゃねぇ。一つずつでも確実に潰していけ」


 顔が完全に本に向いてない。ああくそ、コイツの顔面机に叩きつけてやろうか。
 ……それだと片付けが面倒だし、ここ史織の家だから史織がキレるよなぁ……。


「……はぁ。勝手に進めるぞ。例えば、この比較的短い芥川龍之介の蜘蛛の糸からいくぞ」
「それェ、地獄に仏様が糸つるすやつだァ」
「ああ」
「面白いよねェ。ワラワラ蜘蛛の糸にィすがってのぼってきたやつがァ、糸きれて落ちてやんのォ」
「……賛同できるが、それは恐らく注目すべき点じゃねぇぞ」
「えー」
「一応この糸を垂らした奴は、いい奴だとする」
「いいやつってなァにィ?」
「……人殺しを好まないやつだろう」
「じゃあァ、俺はァ、悪い奴なのかなァ……?」
「ああ」

「世間一般からみたら、俺達は悪い奴だ。そんなこと、どうでもいいがな。だが、悪いからこそ常人は理解できず、恐怖する。……それでいいんだよ」
「鈴兄ィってェ、常人に理解されたいのォ? それともォ……?」


 含んだ、野良猫みたいな笑みをこちらに向ける真白。
 本当に、掴み所のねぇ野郎だ。飄々として何時噛まれるかわかりやしない。
 そんな得体の知れない真白が、得体の知れない俺と少しだけ似てて……嬉しくもある。


「理解されなくても、俺は人殺しが大好きだ。止められるわけねぇ」
「……ならさァ、俺と殺しの勉強しようよォ」
「悪いな。お前は殺すにはちょっとおしい人間なんだよ」
「ちェー」
「ああ、くそ……話過ぎだ……。ほら、続きやるぞ」


 真白の頭をまた教科書に向けた瞬間、リビングに近づく足音が耳に入る。そちらに顔を向けると、Tシャツに短パンとまた露出に体のラインを強調するような服を着た史織が、お盆に茶をいれてこちらに歩み寄ってきた。


「史織おねーさん今日もエロォ」
「……そうかな? あ、如月さんに真白君。甘いものも作ったからよかったら食べて。勉強頑張ってね」
「わァい」




「……真白、今日は寝れると思うなよ?」
「え」
「史織の身体忘れるくらい、ぎっしりみっちり勉強詰め込んでやるよ」


 やっぱり、俺は史織以外には優しくできないみたいだ。