雨がぱらぱらと降っている。
だが上空には雲が薄く、明るく日の光が差し込んでいた。


「どこかで、狐が祝言を挙げたな」


山中の、人気のない、忘れられたような神社。
そこの周りの自然と同化するかのように、その男はいた。いや、男という言い方は厳密には正しくないかもしれない。
なぜなら、男は人ではなかった。
腰より長く、美しい銀髪に、空と海を溶かし込んだかのような青い瞳。白い着流しと、瞳色とお揃いの羽織り。人のようで人でない。
頭上には、髪色と同じ銀色の、狐のような耳があった。後ろには、九本の狐の尾が伸びている。
男の名は氷桜(ひおう)といった。
九尾の妖狐と呼ばれる妖の一種であり、長年生きて天狐…つまり狐神となった存在だ。

氷桜は空を見上げ、晴れているというのに降り注ぐ雨に、少し煩わしげに眉を顰め、ぱたりと後ろの尾を揺らす。
手に持っていた扇子を広げて、顔に降りかかる雨を凌いだ。だが、降りかかる雨はすぐに遮られる。


「…天狐、」
「何だ、お前か。鬼の子」
「もう鬼ではない、人だ…」


後ろから、少年と青年の間のような容貌をした、薄水色の髪目を持つ男が、氷桜に番傘を差し出していた。
白蓮(はくれん)。人間の女性を愛し、妖から人へと転じた鬼である。


「めでたいな、鬼の子よ」
「祝言か?」
「ああ、晴れているのに雨が降ってきた」
「…人里でも、このような天気を"狐の嫁入り"と呼ぶらしい」
「なるほど。…どこかで見た人の子がいるのかもしれないな」


二人で、ぼんやりと雨の空を見上げる。見上げた空は青かった。
人には到底見えぬ遙か向こうの、山の中腹。そこに、白い花嫁衣裳がちらりと見えた。だが、あのような場所に、人里はない。
どうやら、あそこで狐の嫁入りが行われているようだ。


「これも何かの巡り合わせだな…この氷桜が、名も知れぬ同胞の婚儀を祝って、祝儀を贈ってやろう」


そう言葉を零し、扇子を閉じる。そして、向かいの山の中腹に向けて、つぅっと指差すと、山頂までの道のりに、まるで道案内をするかのように灯りが灯った。
狐火。妖狐が得意とする術の一種だ。
それを満足そうに見やり、続けて、扇子を山の上へと向ける。
すると、さぁさぁと降り注いでいた雨が勢いを顰めていく。
何をするのかと一連の動作を見守っていた白蓮は、その先を見て、思わず声を漏らした。


「…ほぅ、」
「どうだ、鬼の子よ。中々風流な見送りだろう」


その山には。大きく弧を描く、鮮やかな虹がかかっていた。
ちょうど花嫁行列が歩いていく先だろう。絶妙な場所に位置している。

狐火の提灯と、大きくかけられた虹。
なるほど、これは人…いや、並みの妖でさえ到底真似できないだろう雅な祝儀だ。
もしかしたら、これの贈り主に気付いて、花嫁が歓喜しているのかもしれない。
視界の先で、白いものがちらちらと忙しなく動き回っている。


「よい日だな、天狐。俺も、見知らぬ狐の幸福を願うとしよう」
「この俺が祝福してやったのだ、きっと子宝にも恵まれるだろう」


この風流な怪異現象は、形を変えて人里にも伝わり、
"狐の嫁入り"の日に祝言を挙げて、虹がかかれば、山の神の祝福があると伝えられることになる。






企画ear様に提出。
お題は「虹」
六月の花嫁にもかけてみました。