short | ナノ




爆発が起きる、炎が上がる、悲鳴が響く。それは先程から幾度となく繰り返される連続的なもので、人の条理とは掛け離れたものだった。



「あ、ちょっと聞きたいんだけどよ。この悲鳴は一体何だ?」
「…ヒューズ中尉、ですか」
「今はヒューズ大尉だ、ここじゃ上も下もバタバタ死んでいくからな」
「…そうですか」
「おまえさんは医者か?」
「たぶん一応は」



また耳をつんざくような悲鳴が上がる。廃れた白衣を身にまとったわたしの姿はきっと彼の瞳にやつれて映っていることだろう。もう何日もまともに外に出ていなかったから空が凄く眩しく感じる。わたしの目は多分端から見れば虚ろで、人殺しのそれに成り下がってるのかもしれない。外から見た目の前の建物は、ただでさえ崩れかけていたのに実験によって更にボロボロになってしまった。未だに戦場の真ん中で命を救い続けている医者夫婦に比べれば、わたし達のやっていることは些か医者の仕事とは言えないものだろう。わたしは科学者や人体研究者になった覚えは微塵もないというのに。



「今はイシュヴァール人を使って火傷と苦痛を与える人間の人体と心理に於ける変化についてデータ採取を行っています」



…今は?ヒューズ大尉がひゅっと息を吐いた。久しぶりに出た外は明るくて思わず湯気の出るコーヒーを持つ手とは反対の手で空を切った。空はこんなにも晴れているというのに心は虚しくてやるせない。
少し離れたテントではせわしなく人が動き、遠くからは銃の発砲音が聞こえてくる。女子供にも容赦のない終わりの見えない戦争だった。



「先程はノックス先生により火傷と苦痛が人体に与える影響についてのデータ採取を行っていましたが、ある程度のデータが取れたので私は苦痛を与える側の人間についてのデータ採取にまわっています」
「イシュヴァール人を使っての人体実験か…!」



哀れなものだった。
イシュヴァール人は人間モルモットとして扱われ生き地獄を味わされている。瀕死の火傷や熱を浴びせられるが、すんでのところで止められる。それが幾度となく繰り返され最終的には苦痛から解放、死に至る。それをわたし達は研究材料研究資料と称してしてペンを走らせる。終わることのない作業だった。何人も何十人も材料はまだまだいるのだ。あんな紙を残したところで何も残らないというのに、残るのは絶望と虚しさだけだ。



「少佐は苦痛じみた顔で実験をなさっていますよ」
「当たり前だ、人体実験だぞ。アイツが嫌がらないはずがねえ」
「そうでしょうか」



一石二鳥だとは思いませんか?素晴らしい循環だとは思いませんか?今まで明かされなかった未知の実験データがとれる、本来の目的であるイシュヴァール人を殺すことが出来る、そして何より錬金術師の技術が上がるのです。少佐、…いえ、焔の錬金術師の腕のコントロール力は確実に上がっています。どこをどういう具合に火傷を負わせれば苦痛となるのか、どのくらいの加減で燃やせば死ぬのか、また生活に支障がないか、どうすればより苦しみが深いのか。おそらく彼の頭の中にはもう既にその表が出来上がっているはずです。



「そしてその表から導き出した方法で彼は今この実験を実行されています」
「…ロイがそんなことするわけねえだろうが!」
「いいえ。人は誰しも自らが有利な立場や状況になった場合、優越感や喜びを感じられずにはいられないのです。そしてもっと有利な状況へと進むべく更に行動はエスカレートしていきます。それが人間の心理というものなのです」
「……それがこの実験の結果なのかよ…!」



彼は黙ってしまった。わたしは少し冷めたコーヒーをすする。沈黙の中に悲鳴が響くが、それを作り出してるのは他でもない私たちアメストリス人なのであり、そのおかげで文明や技術が進歩していく。いかにも皮肉の連鎖だった。



「おまえさん、鷹の眼って知ってるか?」
「‥ああ、ええ。先程拝見しました」
「おまえさんとそんなに歳離れてないはずだぜ。まだ士官学校生なんだけどよ、なんせ腕が良いんで前線まで連れてこられたらしい」
「そう、ですか」
「おまえさんもそんなんだろ?」



爆発音も悲鳴も聞こえなくなった。ノックス先生の実験が終わったらしい。そしたら次は私が解剖をしなければならない。自分の手で肉を切る感触、皮膚の焼けた臭い、静寂だというのに耳から悲鳴が離れない。自分は一体何人殺した?何人解剖した?何人の臓器を取り出した?どれだけ悲鳴を聞いた?技術が上がるのは錬金術師だけじゃなかった。私たち医者も切ることによって人の肉に慣れていった。でもそれは決していいことじゃないと思う。人を切ることに躊躇しなくなることが私は嫌だった。人を切った手に残るこの感触が忌ま忌ましい。
わたしの手はいつの間にかボロボロで、薄汚れていた。これが仮にも命を救いたいと思っていた医者を目指す者の手か。手を開くと少し震えていた。…ヒューズ大尉の目は全てを見透かすようで怖い。



「銃はいいです、剣やナイフと違って人の死に行く感触が残りませんから」
「…ああ」
「でもナイフやメスには残る。だからこそ、わたしは彼等の顔を忘れずにいられるのです。どうかわたしを、恨んでほしい憎んでほしい、どうか、わたしを、許さないでほしい…」



ノックス先生がやつれた顔をして建物から出てきた。あの実験室へもう戻らなければならない。忌ま忌ましい死体相手にメスを握らなければならないなんて、私は医者の端くれにもなれやしない。私は単なる人殺しだ。恨まれたからといって罪が消えることのないただの人殺しだ。何が人の命だ何が実験だ。

上を見上げるとやはり空は清々しいほどに晴れていた。私は立ち上がって冷めたコーヒーを空に向かって一気に飲み干した。




「人間は悲しい生き物です」
「まったくだ。…けど、それでも生きていかなきゃなんねえんだよ、研修医。そんで、いつかでっかい医者になれ」
「……そうやって人の心配ばかりしていると早死にしますよ」
「そりゃ困るな」



091015
イシュヴァールでの人体実験(捏造)