short | ナノ






※くだらないです



只今昼休み 天気:快晴
久しぶりに青空が広がって爽やかな陽気だ。やっぱり晴れているほうが気分は晴れやかになるもので、わたしの心も暑苦しいくらいに晴れやかだった。昼休みということもあって食堂や購買に行っている人もいるので、教室には生徒がちらほらしかいない。今日は天気がいいから中庭や屋上で食べる人も多いはずだ。そんな中わたしはリナリーを待っているという理由で教室に居座っていた。


「気持ち悪いわよ」

さんざん待ってやっと来たリナリーの第一声に軽くショックを受けながらわたしは王子の姿を眺めていた。なんだいなんだい、ちょっと物凄い勢いでにやけてただけじゃないか、何が悪い。だって格好いいんだもん、あの麗しいお姿といいあの澄んだ声、そして何と言ってもあの腹黒さ!ドS!隠れS!
そう、わたしは彼を見るために食堂にも行かず購買にも行かずにいるのだ。制服を軽く着流す王子はわたしのストライクゾーン直球ど真ん中だっだ。


「もういっそ殴られてしまいたい」


そう一言もらすとリナリーが哀れむような、可哀相なモノを見るような目で上からわたしを見下ろしていた。なんだいなんだい、可愛い顔して酷いな。毎日眺めていても麗しいものは麗しいんだよ。いっつも一緒にいるラビや神田がうらやましすぎる。それにちゃっかりリナリーは王子の幼なじみときた。きっと幼なじみだから王子の素晴らしさがわかんねーんだよ!ふははははは御主は美しい者を美しいと言えぬ憐れな生き物だな!


「そんなに重症だったのね」
「だって格好よくないですか 素敵すぎやしませんか」
「あ、私これから委員会あるから、じゃあね」
「え ちょ、待ってたのに!」
「うん」


わたしの言葉をキレイにスルーしてリナリーは颯爽と立ち去って行った。ああ見えてリナリーも凄くSだったりするから末恐ろしい。改めて考えるとわたしの周りにはSな人しかいない気がする。そんなにわたしってMだったっけか。
よし、リナリーは行ってしまったし気分転換に購買にでも行くとしよう、思い立ったら即行動だ。今日はお母さんがお弁当を作ってくれなかったからパンを買わなきゃいけないんだった。あまりの王子の素晴らしさに時間を忘れてしまっていたよ。とりあえず使い慣れた黒い財布を手にとって席を立った。
階段を降り、売店に着いたわたしは真っ先に目に入ったジャンボサイズのメロンパンに手を伸ばした。外はカリカリ、中はふわふわってやつで不動の1番人気である。このメロンパンが余ってるなんて奇跡としか言いようがない。しかも最後のひとつときた。だが、取ろうとしたところで誰かが同時にメロンパンの袋を掴んだ。


「え?」
「え?」
「お、おおお王子!?」
「え、王子?」


メロンパンを掴んでいらっしゃったのはまさかのまさかの王子だった!奇跡!運命!ワンダフォー!しかしもちろんメロンパンの相手が王子だからといって袋を引っ張る手を離すつもりは毛頭ないわけで、むしろわたしの中の負けず嫌いド根性が炸裂する。お互いギチギチと引っ張っているので袋が破れんばかりだ。絶対負けられない、相手が王子なら尚更。さっきまでのメロンパンでいっか的な気持ちが絶対メロンパンに変わった瞬間である。


「奇遇ですね 僕もメロンパンが食べたいんです」
「さすが王子!召し上がるものも麗しいんですね!」
「その王子って何なんですか とりあえず手離せ」
「王子は王子ですよ王子 メロンパンは渡さねえ」


王子の顔は見事なまでに綺麗に歪んでいらっしゃる。それすら麗しいなんて黒い笑顔ですら天使の微笑みに見えてきてしまうなんてきっとわたしは末期じゃなく正常だ。
周りの人がだんだんと減っていく中でわたしと王子は未だ睨み合っていた。さすがにメロンパンの袋はかなり伸び始め、なかなか開かない袋のようにふにゃーんってなってきた。こういうのっていきなりブチって破れるからタチが悪い。いい加減離してくれないかな、


「王子 さすがに袋やばくないですか」
「そう思うんなら手離せばいいじゃないですか」
「わたしの昼飯」
「僕の昼食です」


しばらく睨み合いを続けるも埒が明かない。わたしも王子もお互いメロンパンを譲るつもりは毛頭ないわけだし、引っ張り合いが長引いたせいで購買にはほとんど食べ物が残っていない。そんなわけで王子はもう片方の手にコッペパンを持っているからいいものの、わたしはこのメロンパンを死守しなければならないのだ。
でも、さすがにこれはやばいかもしれない。破れる一歩手前にきて――


―――パン!!!


袋がパン!と勢いよく破れてしまった、パンだけに。
そのときの様子はスローモーションのように目に流れ込んできた。わたしと王子はメロンパンによって飛ばされ同時に尻餅をついてしまい、当のメロンパンは華麗にわたし達の頭上を垂直に舞い上がった。最高到達点は幸運にも天井の蛍光灯には届かなかったが、しかしわたし達を飛ばしたメロンパンでさえ重力に逆らうことはもちろん出来ないのだ。すると落ちてくるのは必然で、わたしと王子は二人同時にメロンパン落下点であろう点に手を伸ばす。が、わたし達の指先をかすっただけでメロンパンは手をすり抜け無惨に床へ着地をしたのだった。

「メロンパンんんんん!」

叫ぶも虚しく廊下に響くだけだった。刹那、王子から熱い鉄拳をくらったのは言うまでもない。ドカっという鈍い音に鋭い痛みが走った。

「メロンパンの恨みです‥!」

王子は目に涙を浮かべ悔しそうに顔を歪めていたが、わたしを睨んだあと彼はすたすたと廊下を進んでいってしまった。
わたしは静まった購買の前で尻餅をついたまま、メロンパンと二人虚しく佇むことしか出来なかった。殴られた頬はもちろん真っ赤になっているだろうが、何故だか反対側の頬が熱かった。


091004
つまり変態