short | ナノ






 私がエクソシストになって何年たったかなんて覚えていないが、またいつものように春がきて夏が訪れ秋になって冬が巡ってきた。時間の感覚なんてもはやない私にとって季節の移り変わりがバロメータだった。ああもうこんな時期か、といつも後から実感する。
 今年の冬は雪が去年に比べよりいっそう多く降った。私たちのホームは山頂付近にあるため、雪というよりは吹雪だ。窓を開ければピューピューと音をたてて雪が入り込み、とてつもなく寒い。でも、その冷たさに触れてやっと今年も冬がやって来たと実感した。自分がまだ生きてるんだと実感した。

 次の日の早朝、吹雪は止んで外は白銀の世界だった。そのあまりの眩しさに思わず目を細めたが、よく目を凝らしてみると真っ白かと思われた一面の雪の上には足跡が続いている。こんな朝早くから一体誰だろう。その足跡に自分の足を重ねながら歩いてみると意外に歩幅が大きく、ぴょんぴょんと跳びはねるような形になってしまった。



「あ、おはようございます」
「なに、してるの?」

 そこにいたのはアレンだった。今日は団服ではなくマフラーやら手袋やらをして暖かそうでうらやましい。それに比べ私は手袋もマフラーもしていなく薄着だ。
 雪だるまを作っているんです、とアレンは笑いながら言った。一人で?はい、一緒にやりませんか?うん、じゃあ私も。雪だるまを作り始めたが、アレンの雪だるまには大きさも上手さも及ばない。悔しくなった私はそこらへんの雪を小さく丸めてアレンに向けて投げてやると、見事顔面に当たり私もアレンも驚いた。アレンは見事なアホ面。


「ぷっ、くくく…!」
「わ、笑わないで下さいよ!」

 するともちろんアレンも負けじと投げてくるわけで。そこから和やかな雪だるま作りから一変して雪合戦となった。お互い雪まみれの顔を見て二人とも大笑いする。なんて平和なんだろうか。時間を忘れて、ただ雪玉を投げ合って、当たれば笑って。
盾にしていた雪だるまはいつの間にかボロボロで、まるで私たちのようだった。


「平和ですね」
「ほんと、そうだね」


 もしもの話をしてもいいですか、とアレンは形の崩れた自分の雪だるまによっ掛かり問いかけてきた。私もそれにならい、反対側にある雪だるまにもたれて先を促す。そういえば手がかじかんで痛い。さすがに手袋なしで雪で遊ぶのはまずかったのだろうか。


「もしも。もしも、この戦いが終わったら、貴女ははどうしますか?」
「もしも、この戦いが終わったら…」

 考えたこともなかった。思わずオウム返しに呟いてみたが、考えは浮かばない。
 ものごころ付いたときから黒の教団にいて、親の顔も知らない。私にとっての家族は仲間で、帰るべき我が家はこのホームだった。肉親なんていない、他に帰る場所なんて無い。
この質問に私は俯くしかなかった。



「僕は、ピエロでもやろうかと思ってるんです」


ほら、僕って大道芸とか得意ですし。アレンは笑った。アレンには想像できるのだろうか。未来の自分を、アクマがいない世界を。私には無理だ。私はアクマを倒すために生きているし、私にはそれしか無い。私の存在意義はそれしかない。それを奪ってしまえばあとは何も残らない。

手が痛い。さっきよりも手は冷たくて赤かった。息をはきかけてみたり、さすってみる。寒い。冷たい。
さびしい


「私には、行くところがない。ここが全てだから。ここが私の生きる理由だから。だから、私には…」
「じゃあ、僕と一緒に来ますか?」
「え?」


アレンは私の赤くなった手を握った。アレンは私に自分のしていたマフラーを巻いた。アレンは私の手を引いてぽすっと抱きしめた。強く強く。凄く暖かかった。

そして彼は耳元で優しく甘く囁く。うん、それもいいかもしれない





「ピエロのお嫁さんなんてのはどうでしょう」


090820
那遊たんへの相互記念