偶然だった。偶然、シズちゃんを見掛けた、彼は確か‥埼玉の、六条千景とかいうガキと話していて、それで。
見付かって公共物を投げられる前に逃げなくちゃとか、そういった考えも飛んで行ってしまった。だって、俺は知らないんだ。あんな風に笑うシズちゃんを、あんなに優しく笑う、彼の顔を俺は知らない。
気が付いたら右のポケットに入っていたナイフを投げていた。
―六条、千景に向けて。
「―っ!!てめぇっ、危ねぇじゃねぇか!」
こちらに背を向けていたから刺さると思った、なのによりによってシズちゃんが気づいてしまった。何なのその危険回避力、人間業じゃないよ。いや君が人間じゃないのは知ってるけど。
「別にこんなナイフじゃシズちゃんは死なないじゃん。まぁ出来れば死んでほしいんだけど」
ああ、苛々する。
何でシズちゃんがこのガキを庇うんだ。大体俺は六条千景に向けて投げたのに。六条は六条で何か考えてるみたいだし、余裕って訳?うわ、うっざー。
「‥っ、俺はともかく、千景は普通の人間なんだよクソが」
何それ、自分じゃなくてこのガキの心配をしてる訳?
「へぇ?まぁシズちゃんクラスの化け物は1人で充分だもんね?」
ああ違う、こんなことを言いたい訳じゃないのに。
「―っ、…どういう意味だ」
「ゴジラは1体で充分って事。だって1体でも迷惑なのに2体も3体も居たらこの街は完全に破壊されちゃうじゃん。大体光の戦士といい、なんでわざわざ街中で戦うんだろうねぇ?市民守ってるつもりだろうけど確実に何人か死んでると思わない?」
あぁ、君は悪くないのに。
「男の嫉妬は醜いな、折原臨也」
「…はぁ?」
「その様子だと無自覚か?ダメだな、ハニーに対しては優しく接すべきだろ?好きだから虐めるなんて小学生で卒業するもんだっていうのに」
「…何様のつもり?」
手に負えない、と言った様子で溜め息をつかれた。何こいつ、マジでムカつくんだけど。当たってるから、更に。
じゃあ俺はこの後ハニー達とデートだからとか何とかふざけた事をぬかしながらサンシャイン通りへと歩いて行った。ちょっと待て、言い逃げかよマジで何様だよお前。
どうしようかと思いながら攻撃されるのは嫌だからシズちゃんの方をチラリと見やる。…え。
「シズちゃん…、泣いてる?」
「な、ないて、ねえ!!」
「泣いてるじゃん、どうして」
シズちゃんの泣き顔はレアだけどこの流れのどのタイミングで泣くポイントがあったんだよ、つーかデジカメ持ってくれば良かったかな。いや、この際携帯で我慢するか?
「…だって、…った…ら」
「うん?」
「迷惑だって!!お前が言ったんだろ!!」
「…え?」
真っ赤になった顔を隠すように蹲る。
いつぞやに俺に投げてきたポストよりも赤いんじゃないかってくらい、赤く、朱い。
「…シズちゃん、それって」
「ううううううるせぇ!!黙れ!!つーかお前何でココに居んだよ!!新宿帰れよ!!」
つまりは俺の言葉に少なからず傷付いたって事で、どうしよう、傷付けた罪悪感よりも…自惚れてもいいんだよね?
未だにあっち行けだの帰れだの唸っているシズちゃんの腕を引っ張り、引き寄せる。
「なら今度から俺にだけ迷惑かけてくれる?」
ポカンとするシズちゃんの目尻に溜まった涙を舐めとり、今度は動揺し始めたシズちゃんの唇に自分の唇と重ねた。
うん、あのガキにも少しは感謝しなくちゃいけないんだろうな。まぁそんなつもりは毛頭ないけど!!
ファーストキスは涙の味
(とてもとても甘い)
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