初めて会った時から、喧嘩だった。
お互いに相性が合わなくて気に入らなかった。でも、本気でぶつかり合って、沢山喧嘩をして行く中で、同い歳という事もあってそれなりには仲良くなっていった。
恒例になった喧嘩に飽きた俺達は、携帯ゲーム機を取り出す。窓の外をちらりと見て、それを確認してからシズちゃんに話しかける。



「外のさ、木があるでしょ」

「…ああ、あれか、結構古いよな」

「あれは俺なんだよ」

「…は?」

「あの木の葉が全部落ちたら、俺もダメなんだと思うんだ」



老木を差しながら笑いかけると渋い顔をして馬鹿じゃねえの、と一蹴された。
それでも笑うことも、貶すこともしないでゲームの続きをするシズちゃんに、何故か嬉しくて、少しだけ泣きたくなった。


手術を受ければ治る病気でも、成功率の低い手術なんて受けたくない。痛いのは嫌だし死ぬのは怖いけど、自分の命を賭けなんかしたくない。
俺は、いつも逃げていた。



深夜から明け方にかけて酷い暴風雨が直撃した。ガタガタと窓枠を揺らす風に、あぁ、あの葉っぱはもうダメかと諦めた。
翌日は台風一過とも言えるくらい晴れていて、太陽の光に水滴が反射してキラキラ光っている。綺麗だな、せめて、あの木も綺麗に花を咲かせるのを見たかったな。



「……………え…………?」



なくなってしまったと思った。
それを確認するのは怖いけど、それでも、何故か確認しなきゃいけないと思って、窓の外を覗いたら綺麗な、満開の桜の絵。


どうして、誰が……?

そういえば、俺は、今日、シズちゃんと会ったか?


廊下に看護師と話している女性が見える。あれは、シズちゃんのお母さんだ。彼女の表情はどこか暗くて、心臓が落ち着かない、冷や汗がじわりと滲む。そんなわけない、あるわけないだろ……っ!!



「シズちゃんは?!シズちゃんは…っ」

「…………臨也君」



本当はね、静雄、絶対安静だったの。でもそんなのは嫌だって聞かなくて、普通に過ごしたいって言って、臨也君達と同室になって、楽しそうだった。
壁の桜、あれあの子が描いたんだって。
わざわざ夜中に抜け出して、本当に――………




気が着いたら外に走り出していて、正面から絵を見ると、思わず息を飲んだ。

本物より、綺麗な桜。あの短気で暴力的なシズちゃんが描いただなんて思えないくらいに繊細で、鮮やかで、まるで本当に生きている、ようで。




「シズ、ちゃん」


「シズちゃん、シズちゃん、本当に馬鹿だ、なんで…っ、なんで、こんなものの為に……っ」




臆病な俺の、逃げ道だったのに。
そんなものの為に、どうして、どうしてシズちゃんが、シズちゃんの…っ!!


違う、馬鹿は俺だ。
怖いのは、俺もシズちゃんも同じだった筈なのに、臆病な俺は、逃げてばかりで。



「………シズちゃん……」


―逃げてんじゃねえよ、馬鹿臨也



綺麗に咲き誇る桜以上に綺麗に笑う彼が居るような気がしたから。



(今度は、逃げない)
(生きて、みるから)