――流星群とか誰が見るんだろうね、
――……お前は見ないのか?
――見ないよ、寒いし。それに仕事だって溜まってるから
寒いのが好きじゃないのは俺だって同じだし、あいつが忙しい事も知ってる。親友が前に自分は自分の好きな物を誰かと一緒に共有したいと言っていた。彼女と俺は恐らく同じタイプなんだろうけど、彼女ならともかく、俺なんかがそんな事を言っても可愛いげがない。180cmを越えた大男の言うセリフじゃねえなと自嘲しながらタバコを取り出す。一緒に見たいだなんて言ったらどういうリアクションをされたんだろう。散々笑われて、暫くはその話を持ち出して来るのは目に見えてるから死んでも言えねえ。言わなかったのは賢明な判断だ。
こうなったら何がなんでも流れ星を見てやる。そんな事であの男が羨ましがるはずないと分かっているけど、これはただの意地だ。このまま何も見ずに帰れる訳がない。少なくとも流れ星を1つくらいはこの目に焼き付けようと、非常階段を昇りきった。
「………………すげえ」
満天の星空、というものは写真や絵でしか見た事がなかった。こんな、光の粒が輝く空が、実在するだなんて。
ふと自宅で仕事をしているあいつの存在を思い出した。何も言わずに出てきてしまったけど仕事中だし気がつかないだろう。でもやっぱり本当は一緒に見たかった、なんて女々しい考えを消すように2本目のタバコを取り出す。火を着ければ自分の吐く息と紫煙が白く混じる。今日は冬らしく冷え込むらしい。
コンクリートに座れば朝降った雨のせいか、いつも以上にひんやりとしていて、急激に心まで冷えてくような錯覚に陥る。空を見上げればこれ見よがしに明るく輝く星で埋め尽くされていて綺麗なのに、どうして。
「――?!」
「こんな寒い中そんな格好なのはシズちゃんくらいだよ」
ぴた、と頬に当たった熱に振り返ると、黒いコートを着込んだ男が、臨也が缶コーヒーを手に不機嫌そうな顔で立っていた。頬に当たった熱はホットココアで、触れていた部分がじわじわと熱くなる。なんで、こんな。
「……何しに来たんだよ」
「新羅からね、電話が来たんだよ。今日は流星群だから運び屋が一緒に見ようって誘われたって自慢を延々と聞かされてね」
そうか、やっぱり彼女は大切な人とこの空を一緒に見たのかと少しだけ嬉しくなった。大切な人と好きなものを共有して、彼女は幸せだろうし、新羅は彼女…セルティとなら、たとえ雲に覆われて真っ暗な空でも喜んで一緒に眺めるだろう。それでいいんだ。
「それで、なんだよ……っておい!」
「一人で空なんて見てもつまらないでしょ? あとシズちゃん見てると寒くなる、何なの? この寒い中バーテン服だけとかありえない。視覚的暴力だよ」
「バカ野郎! それでお前が風邪ひいたらどうすんだよ!」
臨也のコートを投げ付けられるが着れるわけない。臨也も下はいつものGパンに薄手のインナーで、この寒空の下に居たら絶対に普通の人間なら風邪をひくだろう。現に強がってはいるけど身体は少しだけ震えている。
立ち上がって突き返そうとしたら、臨也が何を思ったか隣に座り込んできた。ぴったりとくっついて羽織るようにしてコートを肩からかける。突然の事に驚いていると、臨也は楽しそうに笑う。
「じゃあこれでいいね? 半分だから文句ないでしょ?」
「…………」
無言を肯定と受け取ったのか空を見上げる。東京でもまだこんなに綺麗にみえるんだね、プラネタリウムみたいだ、と笑う臨也にひんやりとしていたコンクリートがじわじわと熱を持ったような気がした。違う、これは隣に増えた人間の熱で、そんなんじゃない。
「シズちゃんは何お願いするの?」
「あ?」
「流れ星だよ流れ星、流れ星が消えるまでに三回願い事をすると叶うっていうじゃん」
「ああ、……お前は何にすんだよ」
どうせこいつはそんな迷信は信じていないだろう。どこまでも現実主義なヤツだ。仮に願い事があったとしたら大好きな人間がどうとか、俺に死んで欲しいとか、そういった類いの事だろうなとぼんやり考える。こいつはこれまでもこれからもずっとそういう男だ。それが折原臨也なんだから仕方ない。だからこそ、俺は臨也に自分の願い事を知られたくなかった。
「シズちゃんと、こうしてずっと一緒に居たいなって……叶えてくれる?」
ほら、やっぱりこいつは迷信を1mmも信じていないじゃねえか。今だって俺の反応を見て楽しんでいるのが見てわかる。俺ばっかりやられっぱなしで黙っていられるわけない。顔に熱が集中した気がしたのは、きっとホットココアのせいだから。いつもの何かを企んでる笑顔じゃなくて、泣きたくなるくらい優しい笑顔の臨也に俺は、触れるだけのキスをした。
願いを叶えて流れ星
(星に願わなくても)
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