・ゆるふわヤンデレ津軽たんに愛されて夜も眠れないデリたん





俺より先にこの家に居る旧型はどこか抜けている。というより、漂う雰囲気が緩い。同じ人間をモデルにしている筈なのに、似ているのは顔や声くらいで、きっちりと着物を着た彼はオリジナルとも俺とも全く違う。
だからといって俺とオリジナルが瓜二つと言うわけではない。けれど少なくとも俺の方がオリジナル、静雄に近いとは自負している。

初めて会った時に弟が出来たみたいだ、と津軽はふわふわと笑っていて、それを見たら失礼だけどどっちが兄だか分かんないな、と内心苦笑してしまった。


静雄には恋人が居ると、こっそり教えてくれたのも津軽だ。普段は蟲だのなんだのと罵っているのは照れ隠しで、実は天敵とは密かに恋仲なんだと教えてくれて、俺は率直に静雄の趣味を疑った。男同士以前にアレでいいのか静雄は、まぁ俺には関係ないが。

とにかく、俺と津軽は兄弟のような先輩後輩のような奇妙な関係を、それなりには築いてきたのだ。だから、知らなかった。津軽の感情プログラムの奥底にこんな、暗い闇みたいな塊があるだなんて。



「デリもいなくなるの?」

「…………は?」



静雄が少し恥ずかしそうに新宿に行ってくる、と恋人への元へ向かって、いつも通り俺たちは留守番だ。ふたりで夕食を食べて、お風呂に入って、テレビを見ながら津軽の髪の毛を乾かしていると津軽はうとうととし始めた。
ふと冷蔵庫のプリンがなくなっていたのを思い出し、家から5分のコンビニまで買いに行くことにした。勿論鍵はかけたし、津軽にも毛布をかけておいた、10分程度の外出なら気付くことはないだろうと。今考えれば後悔している。せめて書き置きでも残していればこんな事にはならなかったんじゃないか。



「デリも、いなくなっちゃうの? 静雄みたいに、どっかいっちゃうの?」

「津軽、何言ってんだ? プリン買いに行ってきただけだぞ?」



ほら、とコンビニの袋を津軽に見せる。何を勘違いしているかは知らないが早くリビングに行きたい。いくら室内とは言え玄関は少し冷える。湯冷め、が俺に起こるのかは知らないが買ってきたプリンも早く食べたい。靴を脱いで部屋へ入ろうとすると、津軽に肩を捕まれた。
津軽は静雄の力の強さを再現されているからか、力が強い。俯いている津軽の表情は読めない。何なんだ、一体。



「…………だれに、かってもらったの?」

「は?」

「誰かに買ってもらったの? もしかして知らない人? 知らない男についていったの? じゃあデリもいなくなるの? 静雄みたいに他の男についていっちゃうの? ねえ、答えてよ、デリ、デリ、……ねえ」



――……津軽を、裏切るの?
ガシッと手を捕まれた瞬間、ヘッドフォンから聞こえた言葉は狂気にまみれていた、流れ込んでくる感情と言葉の波に溺れそうになる。あまりに綺麗に聴こえる、歪んだ声。



「う………あ、津軽」

「デリック、……質問には答えろよ」



向けられる冷たい眼差しと、乾いた音と頬に広がる熱に、ああ、叩かれたのかと理解した。こんな所ばかり人間に似せられても困る。痛覚なんてないに等しいのに、津軽に叩かれたという事がショックで呆然としていると、急に津軽の様子が変わった。



「あ………デリ、ごめんね、デリのこと…たたくなんて、つがる、そんなつもりじゃなかったの」

「津軽」

「だってデリもほっといたらどこかいっちゃうでしょ? …つがる、そんなの、やだ…………ふぇ……うぇっ」



舌足らずに話ながら泣き出す津軽の変貌に、思考が追いつかない。どれが本当の津軽なんだ、今の津軽は小さい子供の癇癪みたいだけれど、さっき流れ込んだあの、狂気に満ちた、あれは。
それでもこの津軽をどうにかしなくちゃいけない。津軽の一番欲しいだろう言葉をかけてやりたいけど、そしたら戻れなくなるんじゃないかという不安がつきまとう。何処にかは分からないけど、きっと、戻れない。



「…………お、俺はどこにも行かない。これもそこのコンビニで買ってきたヤツだから…………だから、泣くな」

「ほんと? ぐす…っ、……デリは津軽とずっと一緒?」

「ああ、ずっと……、一緒だ」



精一杯絞り出した言葉に満足したのか津軽は涙を止めていつもの笑顔で笑った。風邪ひいちゃうね、ごめんね、と謝りながら俺をリビングへと連れていく。俺はやっと解放された安心感からさっきまでの不安感を忘れてしまった。そして、後ろの津軽の変化に全く気付いていなかった。



「……デリ、約束だからね」



――津軽の事、裏切ったら嫌だよ?
その言葉は俺に届く前に散ってしまった。









緩く巻いた鎖
(絶対に離さない)