・来神時代





何気ない会話の何気ない一言。それがこんな珍妙な光景を生み出すのだから、発言と言うものには気を付けようと改めて自覚した。
口は災いの元、先人の教えは伊達じゃない。


普通の一日だった。だがこうなった原因は俺にあるのだろう。何気ない会話で漏らした「兄が欲しい」という言葉。欲しいと言って貰えるものでもないことは分かっているし、俺には幽という良くできた可愛い弟が居る。ただ、自分が"弟"という立場ならどうなるんだろうか。と思っただけだ。隣の芝は青い訳じゃないけれど、そういう一種の憧れのようなものだったのに。

臨也は何を思ったのか一日兄貴になると言い出したのだ。臨也の両親は仕事が忙しく、妹達は修学旅行だから、家に泊まればいいと言った。こいつは気まぐれなやつだし何か裏があるのではないかと初めは警戒したが、ごくごく普通で、一緒にテスト範囲の勉強をしたりゲームをしたり、夕飯を食べたり。好き嫌いに言及してきたり、まるで、本当の兄弟のように接してきた。
疑似的なものでも兄という立場からか臨也は俺をひたすら甘やかし、それがくすぐったいような、嬉しいような気持ちになっていくのを実感する。

そしてもうすぐ日付が変わるか、という時を俺達は毛布にくるまりながらぐだぐだと話して待っていた。新羅が見たら笑うだろうなぁ、こんなバカげた光景。



「やっぱり"お兄ちゃん"は嫌だなぁ」

「は?」

「だって兄弟じゃ結婚出来ないじゃん」

「……そもそも男同士じゃねえか」

「知らないの?海外では同性同士の結婚も認められてるんだよ?」



確かにそんな事を前に授業でやったかもしれないがここは日本だし俺と臨也は兄弟じゃない。俺の何気ない言葉に、臨也の気まぐれが作動した。それだけの事なのに。



「……何か、変なのに付き合わせて悪かったな」

「一日お兄ちゃんのこと? 俺ちゃんとお兄ちゃんしてたのに結局シズちゃんてばお兄ちゃんって言わないしー」

「ありがとな、………………お…、お兄ちゃん」



時計をみれば針は日付変更線を目指して頂上ギリギリを刻んでいる。絞り出したように出した声は静かな部屋にはやけに響いて、心臓は早鐘を打って、なんだかときめいているみたいだと錯覚したけど、やっぱりいつもの方が良いかもしれない。
こんなの、心臓に悪い。



「……ねぇシズちゃん。起きたらいつもの俺達に戻るけれど」

「……」

「甘えたければいつでも甘えて良いよ?」

「…は?」

「お兄ちゃんじゃなくても、シズちゃんを甘やかしてあげるから」



優しい笑顔と頭を撫でる手に、慌てて時計の針を見ればてっぺんをとっくに迎えていて。こいつは、だから狡いんだ。










ワンダーワンダー
(めくるめくめく)