・ヤンデレ臨也に死ぬほど愛されて夜も眠れない静雄




ここはひどく暗い部屋だ。四方をコンクリートで固められて、窓には外からも中からも板が厳重に打ち付けられてあり、中からは外が見えないように、外からは中が見えないようにしてある。唯一の明かりといえば、一本の蝋燭のみ。心許ない、ゆらゆら揺れるぼんやりとした明かり。
その明かりに照らされている自分は、酷く情けないだろう。女物の着物を着させられ、ベッドに四肢をだらしなく投げ出して、ぼうっとしている俺が、かつて『喧嘩人形』と畏れられていたなんて誰が信じるんだろうか。

遠くからトン、トン、と軽やかに階段を上る音がした時、俺の身体は痙攣かと疑う程に震え出した。
この部屋は二階にあたるらしい。この家の主の隠し部屋なのか他の人間には気付かれない。仕事相手は勿論、家主の秘書も知らない。誰も知らない部屋だった。ただそんな些細な事、ここに"住んでいる"俺にはどうでもいいんだ。

ドアから差し込む光に目を細めると、逆光の下には一人の男が立っていた。一言で現せば黒い、真っ黒だ。黒髪に服装まで黒一色で、その逆光で表情は伺えないが、世間一般で言う所の美形な顔付きをしている。
そいつは口端を吊り上げて、笑う。



「シズちゃん、鬼ごっこをしよう」



甘さも含まれたその声を、世の女性が聞いたら黄色い悲鳴を上げるだろう。
だが俺にはそれが悪魔からの囁きにしか聞こえなかった。何をする気なんだ、何を企んでいるんだろうか。



「鬼ごっこ……」

「そう、鬼ごっこ」



にこにこと笑みを深くし、先程よりもさらに甘い声で囁いた。いたずらを思い付いた子供のように、楽しみで仕方ないという声。砂糖菓子みたいな甘い声で男は、臨也は言葉を続ける。



「一分間、俺に捕まらなければここから出してあげるよ。たった一分。簡単でしょ?」



そう言って、「スタート」と囁いた。
ここに閉じ込められて、どれくらい経ったのだろう。日の光さえ入らないこの闇の中ではそれすらも分からない。
弟や上司や後輩、親友や旧友。今まで出会ってきた人達の顔が走馬灯のように浮かんでは消えていく。きっといきなり姿を消した俺を心配しているんだろう。
いつものように臨也との殺し合いの筈だった、それなのに気付いたらこの闇の中にいた。いつ着替えさせられたかも分からないが見慣れたバーテン服ではなく、唯一の連絡手段の携帯電話も真っ二つに折られて壊された。

笑う臨也の赤い瞳には、光が無かった。
俺は初めて臨也に恐怖した。ここはどこだ、殺してやる、と叫んでも彼は微笑むばかりだった。その異常な様子に俺はますます恐怖心が募った。誰だコイツは、こんなヤツを俺は知らない。

明らかに容量オーバーな状況に混乱する俺を、臨也は優しく微笑みながら犯した。
表情は優しく慈愛に満ちているようなのに、瞳が、瞳の色がドロドロとした、まるで底無し沼のような、幼い頃に本で読んだ血の池の地獄のような色をしていた。
それからは毎日のように暴れる俺に薬を打っては犯し続けた。そして毎日のように俺の耳元で囁くのだ。


「シズちゃん、シズちゃん」「愛してる」「誰にも渡さない」「シズちゃんは俺だけのものなんだよ」「シズちゃん、愛してるよ」


目に見えない呪縛。けれど確実に縛る事の出来る方法。愛を知らなくて、知ることを諦めながら知りたいと願う俺に臨也は愛の言葉を囁いて俺を緩やかに縛り付けていった。
そんな臨也がさっき「ここから出してあげる」と言った。最初は困惑し疑ったが、これはまたとないチャンスだ。もしそれが罠だとしても要はここから出れば良いのだ。
俺の横にゆっくりと腰を下ろしカウントダウンを始めた臨也に焦り、警戒しつつ立ち上がる。
だが毎日薬を打たれた上に激しく犯され、閉じ込められてから筋肉をろくに使っていないため思うように立ち上がれない。
それでもどうにか立ち上がろうとぐっと力を入れると、グプッという音を立てて中に出された精液が溢れ出る。



「うぁ、あっ」

「56、55……何、誘ってるの?」

「…ちげっ、……ひゃっ……」

「ほら、早く逃げなきゃ時間無くなっちゃうよ?」



そう言ってカウントダウンを再開する。
本当に早くしなければ、捕まってしまう。
やっとのことで立ち上がり壁をつたって階段を目指す。階段まであと数メートルの所で、臨也がベッドから立ち上がり、ゆっくりとこちらに向かって来た。
まずい。捕まってしまう。



「37、36、35、シズちゃん、逃げる気あるの?」



くすくすと臨也が笑う。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い捕まりたくない捕まりたくない捕まりたくない捕まりたくない捕まりたくない捕まりたくない捕まりたくないもう嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!
身体が震え歯がカチカチと鳴る。
とにかく、とにかく外に、外に出なければ。
恐怖で動かない身体を叱咤し、手摺りに捕まり階段を下りる。後ろを見ると、臨也が階段近くに迫っていた。このままじゃ捕まる、と思った瞬間、階段から転げ落ちた。



「が…っ、ぐぁ……」

「ちょっとー、勝手に傷作らないでよ。シズちゃんは俺のなんだから」



俺以外が傷付けちゃダメなんだから!と訳の分からない事を言いながらトン、トン、と階段をゆっくり下りる音がする。
嫌だ。またこんな所で一人なんて。
相当長い段を転げ落ちたのか、身体が激しく痛む。立ち上がろうとすると足に激痛が走った。足を捻ったらしい。なんとか四つん這いで扉に向かう。



「21、20……あと20秒だよ」



痛む身体を引き摺りながらもやっと扉に辿り着いた。扉に捕まり立ち上がり押してもビクともしない、見ると内側のチェーンに南京錠が掛かっていた。それを外そうとするが外れない。一ヶ月前の俺ならこんなもの紙切れのように引きちぎれたというのに、何で、何で、何で何で何で…。ガチャガチャと忙しなく鳴り続ける鉄の擦れる音が恐怖を駆り立てる。
このままじゃ、捕まってしまう。



「っざけんな!!開けよ!!」



爪が剥がれ南京錠に血が付いた。
そこでハッと気付く。
外に出れなくても、あいつから逃げ切ればいいんだ。身体を反転させようとした時、背後から腕が伸びてきて強く抱き締められた。



「神様アターック、なーんてね」

「……う、…そだ」

「鬼ごっこは楽しかった?たまには別な遊びもしなきゃシズちゃん飽きちゃうかなって思ってね」

「………、あ」

「じゃあ次はいつもの遊びをしようか」



シズちゃんの大好きな遊びだよ、と耳元で囁かれた声はどんな砂糖菓子よりも甘ったるい声だった。










永遠の箱庭
(捕まえた)