シズちゃんが病室に来なくなって三日後に俺は無事に退院した。そしてまだ飛べないまま一週間が経った時に、ある噂が流れ込んできた。シズちゃんが辞職すると。
噂の出所は不明で、シズちゃんと同じ整備士のドタチンはきっと教えてくれないから新羅に聞くことにした。医師の新羅はシズちゃんとは古い付き合いらしいから、きっと何かを知ってる筈だと。



「臨也は本当にバカだね」

「……どういう意味?」

「そのままの意味さ。君は前任の隊員も知らずに今まで勤務していたのかい?」

「…? 前任の方は確か、和島さんだっけ?ジャックナイフが得意で俺も彼のフライトを見てブルーを志願したくらいで」

「………臨也、前任の名前は平和島静雄、聞き覚えないかな?」



新羅の言葉に全身の血の気が引くような感覚に陥る。バクバクと心臓が煩い。嘘だろ、だって俺の知ってる平和島静雄は、金髪にグラサンかゴーグルをしてて、無愛想にぶっきらぼうでも実は優しくて図体に似合わず甘いものが好きな、整備士なのに。



「事故でね、視力が著しく低下してしまってね、パイロットとしてはやっていけなくなったんだよ」

「事、故…」

「それでも静雄は空が好きだったし機体への知識も豊富だったからね、上から試しに整備に行かないかいって言われたのが始まりだったんだ。静雄ならパイロットの気持ちも理解できるだろうしって」

「……っ、」



新羅の話を最後まで聞いていられる余裕はなかった。気が付いたら走り出していた。どこに居るかなんて分からないけど、でも、でも俺はシズちゃんにまず謝らなきゃいけない。知らずのうちに俺は、彼に一番最低な言葉を吐いてしまったんだ。あの時シズちゃんはどんな気持ちで謝ったんだろうか。
部屋にも食堂にもシズちゃんの姿は見当たらず、もしかしたら、と機体庫へと走り出す。初めて会ったのもこの場所だった。初対面はお互いに最悪で、悪態ばっかりついていたけれど、でも。



「…臨也」

「……シズ、ちゃん…」

「俺な、お前に言わなくちゃいけな…「辞めんなよ」……え」

「辞めるなんて、言うなよ」

「…………でも」


「俺はシズちゃんの!平和島静雄のフライトに憧れてブルーになったんだよ!だから!だから…っ!」



あぁ、情けない。
こんなボロボロに走り疲れて、ぐちゃぐちゃに泣いている情けない姿を見せるためにココに来た訳じゃないのに。袖で涙を拭えばシズちゃんが一瞬驚いた顔をして何か納得したような表情に変わる。



「新羅から聞いたのか」

「何でそう思うの」

「……他に居ねえしな。………臨也、悪かったな。事故のフラッシュバックが辛いなんて、知ってんのに」

「謝らないで、謝るのは俺なんだ。シズちゃんに酷いこと言って八つ当たりした。シズちゃんは悪くないのに…、ごめんね」

「…そんな」

「それと、…俺の気持ちを聞いて欲しいんだ。俺は尊敬するパイロットを越えたい」



シズちゃんは目を丸くしたけれどその意味を理解すると、お前にそいつを越えられるのか?と少し意地悪そうに笑うから、パイロットとして折原臨也が平和島静雄を越えたら伝えたい事があるんだ。いつになるか分からないけど待ってて欲しいな、と笑えばシズちゃんは越えられるのは悔しいから嫌だと言いながらも小さく呟いた言葉を俺は聞き逃したりしなかった。

平和島静雄を越えるのはパイロットの折原臨也と、勿論整備士のシズちゃんも一緒だからきっとすぐに越えられるよ。
だから、その時まで。










オーバーフライト
(「待ってる」)