叩かれる事には慣れていた。
あの人は俺を誰かと重ねて酷く暴力を繰り返した。「愛してる」と呪詛のように吐いて俺を殴るあの人を、恨むことはしなかったけれど、どうしてそこまで愛しているのに伝えないのかと疑問ではあった。だけど俺にはそれを尋ねる言葉を持ち合わせていなかった。

あの人と同じ顔で俺を「愛してる」と言うサイケは俺を殴ったりはしない。あの人と同じ顔だけどサイケは違った、だからサイケにだけは知られたくなかった。知らなかった、のに。





「許せない」

「サイ、ケ…」




サイケの雰囲気が一気に変わった。綺麗なピンク色だった瞳が文字通り真っ赤に燃えている、怖い。直感的に襲う感情。あの人と同じ目をしたサイケが、"こわい"と思った。
違う、サイケはあの人とは違うのに、イライラとしながら怒鳴るサイケが俺の知らない、全く別人に思えて。




「お前が津軽に手を出したんだろ!」

『それは津軽がそう言ったの?』

「どうせお前が津軽を脅して口止めさせたんだろう!」

『憶測だけで物を言わないでくれないかなぁ』

「…黙れ…っ……黙れ!」




壊れていく世界に放り出されたような、真っ暗で足元から壊れていくような感覚。
怖い、怖い。このままじゃサイケがどこか違う場所に行ってしまいそうで、それだけは絶対に嫌だったから。




「サイケ……もういい!もういいから!」

「うるさいっ!……津軽だって何で言ってくれなかったんだよ!!」

「……っ」




突然の事に反応が遅れればサイケの手は俺の頬を思い切り叩いた。ぱしっと乾いた音と共にじわりと広がる熱が、痛い。
あの人に殴られたりした時には何も感じなかったのに、今は凄く痛い。サイケの痛みが直接伝わってくるようで、苦しい、辛い、痛い痛い痛い。あぁ、サイケはサイケのままだったんだ。だって俺の為にこんなにも激昂してくれるくらい優しいから。

俺を叩いた事に動転して怯えるサイケを抱きしめる。出来るだけ優しく、怖がらないように。




「………あ……あ……」

「サイケ……もう…大丈夫だから」

「……つが……る…………………………ごめんなさい、ごめんなさいつがる、おれ、つがるのこと、たたいて…っ」




スイッチが切れたようにわあわあと泣き始めたサイケはいつものサイケに戻って居た。ほっと胸を撫で下ろしてあやすように抱き締めてやると、ひたすら謝罪の言葉を繰り返すサイケに俺は大丈夫だよと繰り返す事しか出来ないけれど。

だから俺は知らなかった、サイケが肩越しに何色の目であちらをみていたのかなんて、あの人に、何て言ったのかなんて。知ることはないんだ。











赤い衝動の暴走
(絶対赦さない)