夜の海がロマンチックだと誰が言ったんだろうか。シーズンとは言え夜は灯りが乏しい為に暗いし砂浜は足下が覚束無くてふらふらする。何より水が真っ暗で吸い込まれそうに深い。直感で怖いと思った。
何に対してかは分からないけどこの深くて暗い海なのか。それとも、何も言わずに歩き続ける目の前の男なのか。



「臨也」

「…なに」

「何でもない」



このやり取りも何回繰り返したんだろうか分からない。目の前を歩く男は振り返りもせずに呟く。確認するように俺の名を呼んで。歩き続けたまま。
ポツポツと、独り言のように。



「臨也」

「うん」

「俺はどうしたら…死ねるのかな」



また同じ返答が来ると予想していたのに、その返答は違った。普段暴れまわっている彼からは想像がつかないくらいに弱々しい声と言葉。
いつものように茶化してやればいいのだろうかと顔を砂浜から上げて、後悔した。俺は彼のこんな表情は知らないし、知りたくなかったからだ。

初めて彼から聞いた弱音は、死への恐怖ではなくて死を望んで。
チラリと見えた手首には自分で引いたのだろう薄い線が幾つも重なって。そんな人間みたいな事で君が……、平和島静雄が死ねると思ってるの?バカだね。本当に。


でも一番のバカは、虚ろな目をして訴える彼じゃない。
ポケットからナイフを取り出し肩口に刺してやる。今はまだ5mmも刺さらないけれど、でも。



「大丈夫だよ、シズちゃん」

「……何がだ」

「いつか、俺が殺してあげるから」



あぁ。俺は今、いつもみたいに笑えているのかな。
叶うことのない約束は黒い銀河の渦のような海に飲み込まれた。










深海に沈む
(全て平等に)