後輩に色とりどりな細長い画用紙とペンを渡された。何の事だか分からずに言葉を詰まらせると、先輩から「七夕だよ」と笑われた。
あぁ、最近暑い暑いと思っていたらそんな時期だったか。



「日本では此に願望を記して祈願するようです、先輩もどうぞ」

「………なんでまた、いきなり」

「ヴァローナがな、七夕ってどんなんだか本でしか知らないって言うからな」

「文献では理解しています。織姫星と彦星の逸話に沿ったイベントです」

「そうそう、祭りもあるからなー、こっからだとちょっと遠いけど平塚は毎年でっかい祭りやってるよな」

「トムさんは博識です。勉強になります」

「いやいや、お前ほどじゃねえべ」



先輩と後輩の微笑ましい会話をぼんやりと聞きながら、手渡された黄色い画用紙を見つめる。しかし短冊に願い事だなんて成人を越えて書くとは思わなかったからか、何だか気恥ずかしいものがある。


願い事、平穏に暮らしたい、とか。
それとも、……それとも。

不意に思い浮かんだ人間の存在に俺はそいつの代わりに短冊を睨み付けた。


例えば今すぐさよならと言えば、消えてしまうものが俺達の関係で、寂しくないから大丈夫だと嘘をついた数は計り知れない。
例えば今すぐ未来が来たなら、俺はどんな服を着て会いに行くのだろう。きっといつものバーテン服なんだろうか、それとも。


俺は、……俺は。






七夕に関する逸話は諸説あって、そのどれもが織姫星と彦星の悲しくも美しい恋の話。ご都合主義と言われようと一般的に知られている物語の結末は全てハッピーエンドで。
…そういえば、短冊が元は人身御供だったという説もあったな。敵対する家同士に生まれた織姫と彦星の会瀬を阻むために川を氾濫させるための、犠。
引き離された二人がまるで、俺達みたいだなんて我ながらロマンチック過ぎる考えに反吐が出る。


こと座のベガまでが16光年、わし座のアルタイルまでが25光年。
地上の願いが織姫星に届くのは16年後、そしてまた折り返しに更に16年かかる。
単純計算で願いが叶うのは早くて32年後。そんなの待っているくらいなら自分で叶えた方が確実なのに、信じることをやめない人間は、俺は、馬鹿なんだろう。



「……会いたい、なんて」



たまには君から会いに来てくれてもいいじゃないか。なんて、本人には言えない。この不確かな関係を、それでもいいと望んだ関係を崩してしまいそうで。



「誰に会いてえんだよ」

「そりゃ決まっているでしょ、怪力馬鹿なシズちゃ…………え?」

「………悪かったな、怪力馬鹿で」



振り向けば、そこにはいつものバーテン服ではなくてシンプルな私服に身を包んだ今まさに会いたいと思ってた人間がそこに居て。あぁ、俺はきっと情けない顔をしていたんだろうか。


想いが光速を越えれば、或いは。










天の川を游いで
(会いたくなったら)