俺は、常に不明瞭でどうしようもない焦燥感を抱えていたんだ。
出会った時から全く変わらないこの平行線みたいな関係は、交わらないからこそ、この距離を保っていて。別にそれにこれといった不満はなかったし、それが当然だったから。

彼が大切に思う、弟や上司に見せない激情、憤怒、それを全て向けられる。それは俺が彼のある種「特別」な存在である事の証明にも似たような物な気がしていた。


…でも、だからといって俺は。




「何すんだよ!退け!」



隙をついてシズちゃんに馬乗りになって見下ろせば、警戒心いっぱいの目で睨んでくる。その目は視線だけで人を殺せそうなくらい鋭く、俺の心を突き刺して抉っているようで。



「シズちゃん、シズちゃん」

「…何なんだよ、お前」



シズちゃんの声が苛立ちから困惑の色に変わるのを聞きながら俺はその体制のまま首筋に顔を埋める。ふわりと鼻腔を擽る香りは高校時代のものとは違うもので。あの頃にはなかったような、認めたくない何かが沸き起こる。
その香りが抗うことの出来ない長い時間の流れを主張しているようで、俺とシズちゃんは何も変わっていない筈なのに、どうして。



「置いてかないで、お願い」



視界が滲む。世界が滲む。
俺は今も動けないのに、シズちゃんだけ先に進んでいくだなんて酷い。
お願い、お願いだから俺を置いてかないで。俺の知らない表情を知らない人間に見せないで。


こんな感情になるだなんて思ってもみなかった。こんな、どうしようもない歯痒い気持ちになるだなんて、思いもしなかったんだよ。


困惑しながらも頭を撫でてくれる手の暖かさに、俺の視界はまた歪んだ。









揺らめく世界
(それは恋だった)