祖父が亡くなった。


両親とは早くに死別して、弟の幽と祖父と三人暮らしだった為、俺の引き取り先の押し付け合いが始まる前に、俺はこの春から高校生だから一人で自活する事を申し出ると、大人達は皆一様に不安と安心が入り雑じったような表情を見せた。
幽が少しだけ寂しそうにしていたが別に会おうと思えば会える、寂しくないと言えば嘘になるがそれだけで良かった。



自分が異質な存在だという事はとうの昔に自覚していた。他人には見えないものが見えて、触れられる俺は、幼少期にはそれらと普通の物の区別がつかず、周囲を気味悪がらせていた。




本当は高校にも行かずに働きたかったが、高校と大学は出た方が良いと周囲に説得され、仕方なく通うことにした。



他人と同じ目線で物を見ることの出来ない俺にこの広いようで狭い世界では居場所なんてなかったから、せめて今与えられた場所で静かに暮らしたい。最低限の人間関係で良い、誰にも迷惑をかけずに暮らしたかった。
それだけが俺の願いだった。




鍵を回し、重い扉を開ける。
漸く慣れ始めたアルバイトとはいえ、さすがに疲れた。
そしてふと違和感に気付いた。誰も居ない薄暗い部屋の奥の奥―…ベランダに、何かが居る。


そういったモノ達は、人間と同じように其処ら中に存在していて、それに罪はない。だからベランダに何が居ても無視しようと思った、のに。



アレには関わってはいけない、あるかも分からない俺の第六感がそう直感した。


アレは、危険だ。
ぞくり、と脳に直接寒気が走る。


関わるな、危険だ、関わるな…っ!


それでも、何故か足はベランダに向かっていて、俺とそいつの間を隔てる窓を開けてしまっていた。




「…………何してんだ、てめぇ」


「…別に?」



にやにや笑いながら柵の上に立つ男は、夜の闇のように深く黒い髪に鮮血のように赤い眼をして、全身黒い服を身に纏っている。

どこからどう見ても人間の成りをしているが、俺の部屋は4階だ。仮に人間が4階の他人のベランダにまで自力で登ってくるとしたらかなりアグレッシブなストーカー以外有り得ない。


ぞくり、と心臓がざわついた。
何だろう、こいつの…、この計り知れない威圧感は。
俺が一瞬怯んだ隙に男は柵から降り、室内に勝手に上がり込む。


「とりあえず寒いからお邪魔するよ」

「っな!、ざけんな!」


弾みで殴りかかれば拳を受け止められる。間近で見つめられると、どうしようもない恐怖とも畏怖とも取れる感情が起こる。
何だ、こいつ……何か気に入らねぇ。



「………ぼーりょくはんたーい」

「不法侵入が。警察呼ぶぞ」

「あははっ、面白い事言うなぁ、それに、俺に殴りかかってくるなんて……」



笑いながら俺の拳を受け止める手に力を込めてくる。
この眼は嫌だ。常に底が見えなくて、深くドロドロとしている。そして、逆らえない何かがその眼には在る。
それでも負けじと睨み返せば、一瞬面食らったような表情になり、すぐにまた歪んだ笑顔に戻った。


「気に入ったよ」


俺の耳元で囁いた男は、凍えるような、捕食者の眼をしていた。




















警報音は鳴り止まない
(お前は一体何なんだ)