・偽物語の兄妹歯ブラシ対決をデュラったらどうなるんだろうと思っただけ
・原文ほぼまんま
・途中すっ飛ばしてる
・いきなり始まっていきなり終わる






静雄がようやく己の陥った危機的状況を把握したらしいのは、勝負開始からおよそ一分が経過したときだった。

表情に異変が走る。
異変というより、それは激変。

これまで見たこともないような、驚愕と――そして恍惚の表情である。


「ひ……ひうぐ、ぐ、ぐうっ!?」

今頃気付いたか。
しかし手遅れだよ、シズちゃん。
火蓋はもう切って落とされたのだ。

そう。
歯磨きは美容院とかマッサージとは一線を画する。
何せ口の中をいじるのだ。

身体の外側ではなく、身体の内側をいじるのだ。
身体の表面ではなく、身体の内面をいじるのだ。

それについて身も蓋もなく、非常にわかりやすくいってしまうと――快感が生じるのである。

要するに。
気持ち良いのだ。


歯を磨くという行為はあまりに日常的過ぎて、慣れてしまっているがゆえに意外と見落としている――俺も波江から言われるまでは、ついぞ思ってもみなかったことだ。
だが厳然たる事実である。

そもそも、肉体のデリケートな部分を細い毛先で撫で回すというのだから、それで気持ちよくないわけがないのだ。
ましてそれを自分ならぬ他人にされるというのだから、たまったものではないはず。

静雄は根性者。
苦痛や屈辱では心が折れない。
つまりドMだ。
ドドMさんだ。

だからこそ逆に、このように快感を与えて甘やかしてしまうほうが、その心を折るには効果的なのである。

根性は快楽によって折れる!
怠惰にこそ、気位は屈する!


「ぐ、ぐ……ぐぐぐっ」

奥歯の内側、歯と歯茎の境目あたりをしゃこしゃこと重点的に磨いてやると、静雄は敏感に反応した。身体がびくびくと痙攣している。
白目を剥きかけてさえいた。

……これは別の意味で怖いな。
俺も試すのは初めてだったが、弟愛の変態である波江のアイデアはやはり恐ろしかった。


「ひ、ひう……はう、はう、はう。う……ぐ、はぁ、はぁ」

しかし――
俺は見誤っていた。
平和島静雄という男の桁外れの根性を。
快楽によってさえ折れない、蛙のようなド根性を。


二分を待たずして音を上げると思っていた静雄は歯を食いしばって――いや、歯を磨いているからそれもできないのだが(それも身体が弛緩してしまう理由の一つである)――俺からの攻撃、口撃、甘やかしに対して、辛抱強く耐え続けていた。

こうなると、いがみ合うライバルから快楽を与えられているという青年漫画みたいなシチュエーションに、ただならぬ背徳感さえ覚えているはずなのだが、むむう、やるじゃないか。
こうなるとこっちもやる気になる。


俺は(やや反則気味だが)シズちゃんの舌を磨きにかかった。
しかも舌の裏だ。
もうむき出しの肉と言っていい部分である。

「さっさと音を上げたほうが楽になれるよ、シズちゃん――いや!楽じゃなくなれるよ!」

くすぐり地獄みたいなものだ。
いずれ耐え切れるものじゃない。
どうせあと一分が限界ってところだろ!


「………っ!? な、何ィ!?」

が。
あと一分が限界だったのは――むしろ、俺のほうだった。

波江の奴はきっと、そんなことは口に出すまでもなく自明だとばかりに、わざわざ言わなかっただけなのだろうが――この勝負には、大きな穴があった。

歯を磨かれるほうの心理ばかりをクローズアップして俺は考えていたがゆえに、歯を磨く側、つまり俺サイドがどういう気持ちになるものかという重要事項を、まったく考慮しないままにこの勝負に臨んでしまったのだ。


とんでもない失策である。
取り返しがつかない。
取り返しようがない。
何故なら――

「あふっ……ふ、うううっ。う……うんっ」


………。
やべえ!

喘ぎ声にも似たシズちゃんの声を聞いてると、すごい変な気持ちになる!
ドキドキする!
シズちゃんのリアクションにいちいちドキドキする!
なんだこの、禁断のタブーを犯しているかのような複雑な心境!


気が付けば――知らず知らずのうちに、俺はシズちゃんをベッドに押し倒していた。
左手は後頭部に添えたまま。
身体を乗せて、シズちゃんを押し倒した。

俺よりもサイズのある彼の身体は、しかし体重を少しかけるだけで――抵抗なくすんなりと、押し倒された。


静雄を見る。
静雄を見詰める。
うっとりしているかのような。
とろけているような。
そんな静雄の表情だった。
ヘヴン状態である。


「シズちゃん。シズちゃん。シズちゃん――」

彼の名前を連呼する。
そうするたびごとに、身体が奥の芯から熱くなるようだった。
静雄の身体も、強い熱を帯びている。


「い、いざや――」

焦点の定まらない瞳で。
静雄は言った。

口の中に歯ブラシを挿入されていることもあって、いやきっとそれがなくとも、呂律が回らないようだったが。

それでも言った。
それでも健気に、静雄は言った。


「いざや……いいよ」

何が!?
何がいいの!?

と、普段の俺ならきっと突っ込みをいれていただろうけど、しかしもう俺のテンションもぐちゃぐちゃに融けていた。


ぐちゃぐちゃで。
ぐちょぐちょで。
じるじるして。
じゅくじゅくして。
うぞうぞして。
うにょうにょして。
ざくざくして。
ぞくぞくしていた。




















錯覚トリップ
(何してるんだろ)





偽物語(下)/西尾維新
P71.72.73.77.78から抜粋(一部改変)