Truth
「......レイ?」
「そう...最近、ぼくの店によく来る子なんだけど」
「あー...それってこの子じゃない?」
イトリさんが差し出したのはほんの少し前の新聞記事。
力を付けたとか何とか言って表立って捕食を繰り返した誰かさんが駆逐された時のもの。
「笹川祐希一等捜査官。ウチにも何度か来たわ」
「......捜査官だったのか」
「派手な功績はないけど私たちみたいなのを駆逐するエキスパート」
「......疑われちゃったか」
「疑われない方が不思議でしょ」
うん。確かにその通りかもしれない。
一介の捜査官がぼくを対象者として監視している...なんて珍しい事じゃない。
彼女が初めて店を訪れたのは数カ月前。
オドオドしながら入って来て...ぼくを見るなり後退りした。
ぼくの眼が真っ赤だったからだと思う。
今にも逃げそうだったお客さんに「人ですよ」といつも声を掛けるんだけど、当然、彼女にもそう言った。そしたら...30分掛けてようやく近くまで来た。
「演技、かあ」
「おやおや、ウーさんそれは...」
そこからビクビクする事更に30分。ようやく仕事の話になった。
仮装パーティー用のマスクが欲しくて、ネットで調べたらウチがヒットしたんだって。
クチコミ?みたいな。ぼくが発信したわけじゃないけど何かあるらしくってイトリさんに調べてもらったら、確かにそういうのがあった。
「あの、私、薬品添加物ばかり食べてるんで、美味しくない、ですから」思わず吹き出して笑ってしまった。
「どうしようかなあ」
「厄介だねえ」
「うん」
「ヤッとく?」
「......それはぼくの役目かな」
今までどれだけの捜査官をそうしたかは分からない。
監視されてる時は大人しくしてたけど、対象から外れたらいつもそうして来た。死人に口なしって言うらしい。
そうやってぼくたちは生き残って来たんだ。表に出たまま、人と関わりながら。
「難儀だねえ」
「そうだね。どうしよう」
「いやいや、もっと困りなさいよウーさん」
イトリさんがバンバン叩いて来た背中が少し痛かった。
そしてあの日...
ぼくは彼女に「嘘」を突き付けた。彼女もまたぼくの「嘘」を見抜いた。
ぼくには証拠があった。彼女には証拠が無かった。だから彼女は...「此処には二度と来ない」と背を向けた。
無防備な背中。いつでもとれた。
だけど出来なかった。それをするとそれが証拠になっちゃうから...だと思っていた。
その日からもう数か月は経った。
多い時は週に二回、少ない時でも二週間に一回は顔を見せてくれていたのに...彼女は来ない。いや、分かってたんだけど。
証拠集めをしてる?でもイトリさんが言うには20区に頻繁に出入りしているって聞いた。4区には来ていないらしい。何処からの情報だろう。
......ハンドマネキンは、もう随分前に完成している。
引き取りに来ないと分かってても、作ってしまった彼女の手。とても小さい。
あの手にクインケが持たれているなんて、とてもじゃないけど想像出来なかった。あまりにも小さすぎて...何が殺せるんだろうかと思った。
少なくとも、ぼくは殺せない。
ぼくも、彼女を殺せなかった。
羊羹は、美味しくなかった。お茶も美味しくない。
その前に食べたフルーツも美味しくなかった。ジャンクフードも美味しくなかった。
だけど楽しかった。人と話しながら食事をする事が、とても新しいもので、好きだった。
全部、美味しくなかったけど、後から吐いちゃったけど、その時間だけは幸せだった。
人も喰種もきっと同じで、くだらない事で幸せを感じるんだと思う。
彼女は...どんな気持ちでぼくと一緒に食事してたんだろう。ぼくが、ボロを出すのを楽しみにしてたのかな。そんな風には、見えなかったけど。
「......」
徐に歩く20区は、4区と違って穏やかな場所だった。
ぼくにはそれが人なのか喰種なのかすぐに分かる。皆、入れ混じってて...仲良くしているようにも見える。きっとこれが平和なんだと思うけど、ぼくたちは、食べ物に困っている。
ぼくたちは、人を喰べて生きている。
「......」
目の前に見える風景もそう。
若者がナンパに成功して暗がりに移動しようとしている。男が喰種で女は人で...更にその後ろから二人を狙って喰種が追ってる。共喰い狙いもあるのかな?強そう。
こんな光景が、静かに広がってるんだ。
彼女の目には...何処までその光景が見えてるんだろう。横だけ?後ろまで見えてるのかな?たった一人で...何処までやる気なんだろう。
「ねえ...笹川祐希一等捜査官」
建物の上から動向を見つめる。やり取りは聞こえない。
ゆっくりと振り返った先に何が見えた?それは赫眼した者を貫いた別のヤツの赫子じゃない?そんなの...想像出来た?喰種ってそんなもんなんだよ。
初めて見る彼女のクインケは彼女に似合う細い剣だった。尾赫かな、折れちゃいそう。
静かに見下ろして、静かに飛び降りた。
クインケはやっぱり折れたし、それでも彼女は怯まないし、目の前のやつはお腹すいてるみたいだし、このままじゃ彼女は...
「!?ウタさ...」
「......レイさんは、もらってくね」
抱えた体も小さかった。美味しそうな匂いがした。
人が言うお菓子とかかな?そんな甘い匂いがした。とても美味しそうだって、だから、こんな事になるんだ。
「なんで、」
「......見掛けたから」
沢山飛んで捲いて、20区から4区までただ走った。
さすがに20区のヤツが4区入るなんて...弱い奴はそんな事は絶対にしない。此処は、共喰いも多いって評判だし。
「私、は...」
「ぼくが助けたのは、レイさんってお客さん」
「......」
「大事なお客さんを見捨てる事は出来ないでしょ?」
どうぞ、とお店に入るように促せば彼女は大人しく店に入ってくれた。
店の空気が、少しだけ変わって...置いてた植物たちが嬉しそうに揺れた気がした。
「......恥、だね」
「助けられたのが?」
「......あなたは、」
「レイさんから見たら喰種なんだよね?」
「......証拠は、」
「無い」
手に持っていたはずのクインケは落としちゃったらしい。彼女の手には傷しかない。
この小さな手で、どれほどの同胞が死んでいったんだろう。
「証拠を見つけるまで、此処に通わないの?」
「......」
「見つけたくないの?」
「......」
作っておいたハンドマネキンを彼女の前に差し出してみた。
結構忠実に作ったつもりだけど...彼女の手の方が生き生きとして綺麗だなと思った。
「ぼくは...証拠を見つけてほしいなーって、思ってる」
「......なんで、」
見つけたら、彼女はぼくを駆逐しなければならない。
見つかったら、僕は彼女を始末しなければならない。
「見つかるまでの時間、ずっと幸せだろうなって思えるから」
それでも傍に居てくれたらきっと幸せな時間があって、愛おしい時間が増えて、より、人を好きになるんだと思う。
「......ぼくね、君みたいな人好きだよ」
2017.07.27.
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