マルティアリスの恋。
はじめてヒトを好きになった。
何の前触れもなく後付けの理由もなく。皆が思っているような好きじゃなく、皆に抱く好きとも違うスキ。
随分昔に誰かに抱いた好きと同じもの、それをヒトに抱いた。
「......ぼくが怖い?」
「......怖くない、って言ったら、嘘になる、」
だから知られる前に言った。知らされる前に言った。
「......私を、喰べるの?」
ぼくがヒトでないこと、ぼくが喰種であること。
目を見開いたきみは少しだけ後退りしたけど逃げ出さなかった。ぼくも、気持ちが少しだけ後退りしたような気がしたけど...何もしなかった。
「喰べない」
きみはきっと柔らかくて、甘くて...美味しいだろう。
でも不思議と喰べたいとは思わなかった。初めて見た時からこうしている今も、好きだけどそういうんじゃない。
「きみは?ぼくを通報する?」
CCGに、とは言わなかった。
沢山の仲間が駆逐された。イイヤツも悪いヤツも。その原因の一つに情報提供があることくらい喰種なら誰だって知ってる。例え、昨日まで仲良くしていたヒトでさえ、簡単に、自分の保身のために通報するんだ。自分の平穏のために。
「......私は、しない」
「なんで?」
「......だって、ウタさん、ずっと私に優しかった」
14区で迷子になってた彼女はヒトに見せ掛けた喰種にナンパされて困ってた。
喰種のナンパ...目的は当然分かり切ったことで見なかったことにも出来た。目を付けた方が先、手を出した方が先...それが暗黙のルールのようなものだったから。だけどぼくは彼女を助けた。何の意味があったのか何が目的でだったのかも分からないままに。
「演技かもよ?」
「......そんな、なんで、」
その日からだった。彼女がぼくの店に来るようになったのは。
お礼だっていう手作りのクッキー、凄く驚いたし困ったけど本当は嬉しかった。わざわざぼくのために、ぼくは喰種なのに...色んな事を考えた、色んな感情を覚えたけど全部全部ひっくるめて...ぼくは嬉しかったんだ。
それからぼくはどんどん変わった。どんどん気になった。
だけどぼくは喰種だ。彼女は...ヒトだ。ヒトは喰種を恐れてる、駆逐する。喰種はヒトが生きる糧だ、食糧だ。
何だこれ、意味が分からない。ぼくは彼女を喰べる気はないけど、彼女を喰べるために傍においてるみたいだ。違う、違うのに。
こんな葛藤を、彼女は知らない。
「ぼくね、きみを好きになった」
「......え?」
「だからね、言わなきゃって思った」
言わずに一緒に居ることも出来る。ずっと隠して傍に居ることも出来るだろう。でもずっとって...いつまで?
ぼくが死ぬまでか彼女が死ぬまでか、彼女が事実を知るまでかぼくが駆逐されるまでか、ぼくはずっとそんな日が来るのを恐れなきゃいけないのか。
「ぼくは、喰種です」
だったら結末は今も先も同じこと。
「......ずるい」
「え?」
「ずるいよ。私は、」
目にいっぱいの涙。色んな顔を見て来たけどこの表情が一番辛いね。
それだったらまださっきみたいに驚いた顔の方が良かったし、初めて話した時みたいな困ったような何とも言えない顔の方がいい。
「そうだね。自分のことばかりだ」
「.........ダメ、なんですか?」
「え?」
「私も、ウタさんが好きです。ヒトじゃ、ダメなんですか?」
ぼくは喰種で、きみはヒト。
どちらが悪いとか誰が悪いとかそんなんじゃない。ただ、この世に産まれたぼくたちが少し違っただけ。でも、大きく違う。
「ぼくが...怖いんでしょ?」
だって、ぼくはヒトを喰べて生きて来たんだ。
この事実は変わらなくて、この行動は変えられない。未来永劫、ぼくが喰種である限り続き続ける運命。
「怖いです。喰種って聞いて...怖くないって言えません。
報道だって...沢山観てます。怖くないはずがないです。
けど消えないです。ウタさんが好きなんです。どうしたらいいんですか?
好きって感情...消してくれますか?喰べて消してくれますか?
喰べないのならずっとずっと消えません。絶対です。
けど私は、喰べられたくない...通報もしたくない。
このままじゃダメなんですか?喰種とヒトはダメですか?
私は...どうしたらいいんですか?」
ぼくは、ただただ驚いた。
「......そんなにしゃべれるとは思わなかった」
目の前の彼女を、ぼくは喰べたいと思ったことはない。仮にぼくが彼女を喰べても...ぼくは報われない。
そうしたら...きっとぼくの中で消えない。残るのはきっと後悔しか無い。きみは、ぼくの一部になれない。
「......うん、ダメじゃない。このままが、いい」
喰種とヒトが一緒に居ちゃダメだなんて誰も言ってない。
ぼくはこんなのだけど、それでもきみの傍に居たいとほんとは思ったんだ。
「このままで居て。祐希」
それから、ぼくは新たなタトゥーを入れた。
彼女は痛そうだから止めた方がいいとオロオロしていたけど、ぼくはそれでもこの文字を刻んだ。
あなたと共に生きられない
あなたなしに生きていけない
2014/09/04
マルティアリス/エピグラムマタ
あなたと共に生きられない。あなたなしに生きていけない。
ラテン語詩人、マルティアリス(男性)はどうやら同性愛者だったようです。
ウタさんの首のタトゥーよりこの話を作りました。
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