拍手SS/日吉若
「仕事遅すぎ」と、同じ班の日吉くんは溜め息を吐いた。
正門のところに置くアーチの装飾係となった班で薄紙の花を誰もが懸命に作っている。
ノルマは一人につき最低でも50個ほど。それが終われば一時的にも解放という名の休憩が待ってるというのに。
「まだ半分も出来てないのかよ」
「……はい」
「イチイチ丁寧に作ってるからだぞ」
人一倍、運動能力の低い私は彼らの半分の仕事しか出来てない。
それを見兼ねた日吉くんが手伝ってくれているのが現状。彼のノルマはとっくの昔に終わっていた。
日吉くんはキツい言葉を遠慮なしに吐いて嫌味も満載だけど悪い人じゃない。むしろイイ人だ。
面倒見も悪くなくて、こうやってブツブツ言いながらも一人を放置しない人だ。
優しい人、だけど損してるところも多くて不器用なんだと気付いたのはいつのことだっただろうか。
それくらい彼にお世話になっているのはきっと私くらいだろう。人一倍、動作が遅いから。
「どうせ誰もきちんと見やしないんだ。適当にやれよ」
「……そうなんだけど」
「このままだと帰るのが遅くなるだけだ」
「うん…」
「んだよ、気のねえ返事するなよ」
「うーん…」
確かに正門前のアーチを眺めて「素敵」とか「綺麗」って思う人は居ないと思う。
でも、私が入学して来た時、その正門のアーチの前で写真を撮ったのを覚えてる。他にも同じような子が居た。
見てないと思う。写ってたとしてもそこがメインじゃないのも分かってる。だけど…
「でも少しくらいは…」
在校生からの気持ち、届けばいいと思う。
いつ、誰が見てるとも分からないものでその瞬間だけのために作られるものだけど、
ほら…ドラマのエキストラさんと同じだよ。居て目立たれても困るけど居なくても困る。そういう存在だと思う。
だから、少しだけ綺麗なものを作りたいと私は思ってる。それを日吉くんに話せばまた溜め息。
「お前なあ…」
「馬鹿馬鹿しい?」
「ああ、かなりの馬鹿だ」
「やっぱり」
「でも」
「でも?」
「お前らしい」と苦笑しながら彼は言った。
「そういうところ、嫌いじゃない」
「あ、有難う」
「いや待て、訂正する」
手の中で完成した花をゆっくりと机の上に置いて、その花を眺めたまま彼は言った。
「そういうところ、好きだ」
目を丸くした。
友達でもどうかしたら行動が遅すぎてイライラするって言ってたのに、それでもいいと彼は言ってくれたんだと思った。
頑張っても結局はマイペースにしかならない私を認めてくれる人が居た。
初めてかもしれない。そんな風に言ってくれる人が居たことがただただ嬉しかった。
「有難う」
「……」
「何か、照れるね」
「……お前、馬鹿か?」
「え?」
顔を上げた日吉くんが赤くなっていることにすぐ気付いた。
だけど、伸ばした手がいきなり頬を掴んで軽く引っ張るもんだから小さな痛みで目を閉じた。
「い、たいんですけどっ」
「鈍臭いのは動きだけにしとけバーカ!」
「ええ?今、鈍臭くてもいいって…」
「勝手に台詞変えんな。俺は…鈍臭いお前が好きだって言ったんだ」
「だから、それって…」
「俺はお前が好きなんだよ!」
私はまた、目を丸くした。
深読みを知らない彼女を想う、不器用な日吉。
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