拍手SS/仁王雅治
"貴方がくれたもの"
それは胸の痛みだけだ、なーんて言ったら笑われるだろうか。
あのクソ詐欺師め!よくもまあ面と向かって「お前さんは対象外じゃな」だ。もっと違う言い方しとけ!
酷く傷付いて…でも泣かずに笑えた自分が誇らしいわ。だから今はボロ泣きしてやるコノヤロー!
……話のついでにちょっとアプローチしてみただけだった。
そろそろ彼女でも作るかーなんて、随分らしくないこと言ったから、冗談でも言いたかっただけだった。
「何なら私、立候補してやるよー」って、笑いながらでも「おーさんきゅ」って言われるくらいで良かったのに。
「いかん、ボロボロだ」
自分で流した涙が目に沁みて余計に涙が出る。
こっそり空き教室で泣いてたのはいいけどこのままじゃ此処を出れない。ついでに家にも帰れない。
座り込んだ床はいつの間にか私のぬくもりが浸透していて、その付近には点々と涙の跡が付いてた。
とにかくボロボロになってる自分の顔を確かめて、その表情がまた辛そうで…泣けて来る。
こんなに好きだったわけか…
ある程度の線を引きつつ、傷付かないようにしていたはずなのにショックが此処まで拡大した。
こんなことなら…まともに告白して「悪い」って言われるくらいが良かったのかもしれない。なんて、後の祭り。もう言えない。
「言わなきゃ、良かった」
「……俺も同感じゃ」
「ぎゃあ!!」
「っ…そこはキャッくらいにして欲しかったぜよ」
「に、仁王!アンタどっから…」
ばっくばくしてるよ心臓!いつの間にか出てきた人物に心臓だけじゃなく色んなとこが驚いてる。
目は瞬きを忘れてるし、溢れてたはずの涙は驚きの所為で止まった。体もビクッと動いた後はガタガタ震えてるし。
お化け屋敷で驚かされるのとはワケが違う。ちょっと心停止寸前だったよ私…
「涙、止まったか?」
「お陰様でね!てか、本当にどっから…」
「初めてじゃったからのう、情けなくも焦ってしまったんじゃ」
「何のことよ。それよりもホントどうやって…」
まだ心臓がばくばくしてる。
いつから仁王のヤツは忍者的な行動が取れるようになったんだろう。物音どころか気配すら感じなかったよ。
一定の距離からドキドキする胸を押さえつつ彼を見れば、笑ってるような笑ってないような複雑な顔をしてる。
いつもの余裕な顔は何処へ?そう言いたかったけど、ふと思い出せば私もぐちゃぐちゃの泣き顔…人のことは言えない。
「フツーにドアから入って来た」
「物音も立てずに入れるなんて神業だよ…」
「そういうお前さんの神業にも恐れ入る」
「は?私、そんな大それた特技なんか持ってないわよ」
涙の止まったぐちゃぐちゃな顔をどうにかしたくて頬を擦る。そこで初めて分かったのは沢山の涙の筋。
本当にボロボロで、でもどうにかしたくてまた擦る。そんな私を見兼ねた仁王がポケットから取り出したのはハンカチだった。
「ハンカチくらい持っちょけ」
「……カバンの中にあるのよ」
「ならカバンから取り出したらよかろうが」
「……確かに」
「ほれ見ろ、お前さんも神業保持者じゃ」
物ぐさという名の神業保持者とか言わないでしょうね。
少しムッとしてハンカチを奪い取って顔を拭いてれば急に、仁王が近くなったことが分かった。
「さすがにあの顔は堪えた」
「ちょっ、何、」
「そこそこのペテン師じゃった。まあ俺には敵わんがな」
「は、離してよ、苦しい」
「俺は立候補者から対象は選ばん」
近くて、近過ぎてクラクラする。
「最初からこっちが選んどったから」
「な、に…」
「何も無かったにはさせんぜよ、このペテン師め」
「意味分かんないよ。てか、ペテン師はアンタじゃない」
「ほう…もうそのテには掛からん」
ハンカチは握り締めたまま、もう顔は拭いたから用済みだと投げ付けてやろうかと思った。
よく分からないやり取りとよく分からない状況に苛立ってたから。だけど出来なかった。
「最初からお前さんを選んどる。顔色の分からんお前にひどく苦労した」
傷付けてゴメン、泣かせてゴメン。
そう告げる彼の目の前でまた私は泣いた。
恋の痛みは想う相手からしか与えられません。
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