テニスの王子様 [LOG] | ナノ
拍手SS/切原赤也


「赤也!写真撮ろー」
「いいっスよー」

無事に卒業式も済んで駆け回る校舎の中で一人の後輩を見つけて声を掛けた。
彼は特に気にした様子もなくオーケーを出して何気に手櫛で髪を整え始めていたから…少しだけ目頭が熱くなった。

この制服でこの校舎に立てるのは最後で、どうしてもカタチを残したくて沢山の人たちに声を掛け回った。
男も女も、教師も生徒も関係なく、無制限に等しい容量を埋め尽くさんばかりに写真を撮った。
今日という日は二度と来ない。だから、最後の最後に沢山の思い出が残せるように…

「ホントに、今日で最後なんスね」
「そうよ。でもまあ、そのまま高等部に上がる人も多いんだけどね」

その辺に居た友達捕まえて適当に数枚撮ってもらった。
写真は、沢山撮って来たけど彼とのツーショットはこれが最初で最後になる。

「でも…先輩は外部っしょ?遠くはないにしても寂しいっスね」
「ふふ。そう言ってくれてありがと」

最初で最後、なんて本当は大袈裟かもしれない。
でも、この制服で撮ることは無いのは間違いないことで…不意に手を差し伸べた。

「今まで有難うね」

一瞬、驚いた顔をしていたけど私の手は振り払われたり無視されたりしなかった。
大きな手、温かな手でしっかりと握られて…でも1分もしないうちに離れていった。どちらからでもなく。

「私ね、凄く幸せだった」
「先輩?」
「赤也を好きになってからの時間、凄く幸せだったよ」
「へ?」

マネージャーとして頑張って、色んな経験をしていった過程の中で私は赤也に出会った。
随分と生意気で皆手を焼きながらも可愛がってた後輩は、いつしか私の好きな人へと変わっていった。
生意気だっただけど自分に素直で、人一倍負けず嫌いだったから沢山の可能性を見た。
ちょっと周りに居なかったタイプでこれからも同じような人は居ないと思う。だから、今日この制服で言いたかった。

「本当に、有難うね」

両想いになりたい、彼女になりたい、そういうのは最初から諦めてた。
人気もある、好きなタイプも知ってる、ちゃんと色々知ってる、だから…この瞬間を最後に終わらせるつもりでいた。

深くお辞儀をした顔が上げられないのは、熱くなった目頭から涙が溢れてるから。

「俺、執念深いっスよ」
「……は?」
「今、思いっきし過去形にしたこと絶対許さない」
「……赤也?」
「今から10秒以内に顔を上げて現在形に言い直して下さい。さもなくば仁王先輩ばりの平手するっス」
「はあ?」

思わず形振り構わず顔を上げて赤也を見れば、ムッとした表情のまま10秒のカウントダウンを始めていた。
聞きたい事、言いたい事がごっちゃになってただただ聞こえるカウントダウンに焦っていれば、スッと赤也の手が私の頬に触れた。
残り1秒…仁王ばりの平手とやらが飛んで来るのを恐れて目を固く瞑れば、ペチッと反対の頬に手が触れた。

「……え?」
「バーカ!」

目を開けた瞬間に見えたのは、笑顔の赤也が目を伏せた瞬間。
触れる前に紡いだ言葉は私の言葉を変えた言葉。


「俺、今が幸せのピーク」



好きな人を好きだと思う時間は、きっと幸せです。
目次

| top |