テニスの王子様 [LOG] | ナノ
泣かせてみたい


俺のマネージャーは年の割に随分と大人びた女性だった。
親父のセクハラ攻撃も笑顔で回避、急に組み込まれた海外遠征にも冷静に対応して付いて来る。
現地で取り乱す様子も無く、かといって不自由することなくマネージメントを行い、自分プラス俺の体調管理にも気を遣える人。
冷静だけど決して冷酷じゃなく穏やかに穏便に全てをこなせる器量。若年寄なんじゃ?くらいの人。

「リョーマさん、炭酸飲料水は極力控えて下さい」
「極力、っしょ?いいじゃん1本くらい」
「いいえ、本日2本目です。見ていないと思いましたか?」
「……ちぇっ」

そんな彼女に俺は頭が上がらない。悪いとこの一つくらい見つけたなら言い返せるのに。

「まだ成人してないとはいえ、そこそこプロの自覚をお持ち下さい」
「……若年寄」
「何とでも。挑発には乗りませんよ」
「ちぇっ」

今まで何人もマネージャーが変わって来たのを見兼ねたコーチが寄こして来た人なんだけど、何故彼女だったのか最近ようやく分かって来た。
年の割に落ち着いてるから。嫌味を嫌味で返さない、弱みも隙も付け込まれないようにしている完璧さがあった。
どうも俺のマネージメントする人は打たれ弱くって辞めてくケースが多いけど、それはその人たちに欠点があったから俺に打たれるだけで、
彼女には未だにその欠片すら見つけられることが出来ない。もう1年くらい観察してるんだけど。

「アンタさ、この仕事してて楽しい?」
「楽しいですよ。リョーマさんは必ず期待に添えて下さいますから」
「……それってアンタのためじゃないんだけど」
「それでもです。リョーマさんが試合に勝つと私も嬉しいです」
「……あっそ」

別に、辞めさせたいと思ってるわけじゃないんだけど何かこう…落ち着かない。
少しでも取り乱すようなことがあるんなら見てみたいと思う。怒ったり、はしゃいだり、泣いたり、とか――…
感情の無い人間なんか居ないから、完璧な人間も居ないから、少しでいいから欠けた部分を見てみたいって思う。

「とりあえず、ソレは没収します」
「没収してどうすんの?」
「そうですね…開いて無かったら私が飲みますよ」
「もう一口飲んじゃったけど?」
「んー…」
「飲んでいいっスよ。間接キスなんて気にする年じゃないでしょ?」
「リョーマさんが嫌じゃなければ頂きます」

……やっぱこの程度じゃ取り乱したりはしない、か。

「俺は直接でも気にしないけど?」
「海外では挨拶みたいなものですからね」
「じゃあ、今ここでアンタにしても構わない?」
「私は構いませんよ。あ、でも…」
「でも?」

取り乱した様子はない。だけど、少しだけ揺れる感情を見れそうでちょっとだけ期待する。

「するんならウイニングキスにして下さい」
「……は?」
「もうシーズン入りますからイイ機会ですね」

笑って事を回避する彼女に期待通りの反応はない。

「……ちぇっ」
「ふふ。今日は随分絡みますね。何か嫌なことでもありました?」
「別に」

くすくす笑う彼女は俺の手からファンタを奪って気に留めることなく口にした。
やっぱり気にする方じゃ無かったのか、と溜め息を吐けばまた彼女は笑った。どうやらこっちの考えはお見通しらしい。

「やっぱ若年寄じゃん」
「リョーマさんがちょっと子供っぽいんですよ」
「そんなこと言ってると泣かせるよ?」
「そう簡単には泣きませんよ。まあ、リョーマさんが今シーズンの大会で優勝したら泣くかもしれませんけど」
「……それで暗示掛けてるつもり?」
「いいえ。ただ頑張って欲しいだけです」
「勝ったらキスするし泣いてもらうよ?」

「勝ったら、ね」と笑った彼女はやっぱり取り乱すことなく冷静だった。挑発にも乗ることはない。
結局俺は、彼女の手の中で踊らされているだけ……でも、不思議と不快感は無かった。



-泣かせてみたい-
シュガーロマンス「邪な5つの想い」より
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