テニスの王子様 [LOG] | ナノ
2009/氷帝二年R誕生祭


「随分、暇になっちゃったな…」

夏に大活躍した諸先輩方は当然あの日を境に引退されて、それでも時折顔を見せては色々と指導していく日もあったけれども。
寒さが一層深まる頃にはその足は途絶えて…私たち2年を筆頭にした次世代だけがこの場に立つようになっていた。
それまでは結構慌しく過ごしていたはずなのに、少しだけのんびりモードに変わった私は今日も何とも言えない寒空の下で洗濯物干し。
去年の今頃とは大違いだよ。急かす人も居なければ、無駄に怒る人も居なくって本当にのんびりしちゃってる。

「……平和っていいよね」
「ほう…腑抜けることがお前の平和なのか?」
「ひ、日吉!」

びっ、びっくりした!わざわざ気配も足音も消してアンタは忍者か!
いつの間にやら背後にスーッと現れた日吉はのんびりとしてた私とは対照的にうっすらと汗なんか掻いている様子。
あ…そうか。さっきグラウンド走ってたから汗掻いてるんだ。と気付くまでに時間はそう掛からず、体がほっこりしてるなら私も…なんて呑気なこと考えた。

「タオル」
「はい?」
「部員に風邪ひかせるつもりか?さっさとタオル配って来い!」
「い、イエス!ボス!」

ほけーっと構えてたら微妙に怒った顔した日吉からの強烈な一言でバチッと目が覚めた。
新部長になったからかなー何だか跡部先輩みたくなってく日吉が怖かったりする。どんどん頭角を現してるカンジがするし。
個人的には鳳が新部長でも良かったと思うんだけど、そこは跡部先輩が首を縦に振らなかったんだよね。あ、勿論理由も聞いた。
「鳳は他人に厳しくなれないだろう」だって。それって当たりだと思った。だから跡部先輩が指名したのは日吉で…その時の日吉は嬉しそうだった。
初めて跡部先輩に認められた気がするってボソリと呟いたのを私は聞き逃さなくて、思わず「良かったね」って言った。
でも、本当のところ、跡部先輩は随分前から日吉のことを認めてたんだよ。ただそれを表にしないだけで。

「皆、タオル持って来たよー」
「持って来るのが少し遅いよマネージャー!」
「ごめんごめん。風邪ひく前に拭いてねー」

洗いたてのタオルの隅に刺繍された個人名と目の前に居る人物とを照合しながら手渡し。新たなレギュラーの顔ぶれをしみじみ眺める。
3年生が引退して本格的に代替わりして、その中には準レギュラーだった人も居ればそうでなかった1年生までも並ぶ。
完全に実力を重視したメンバーだけが此処には居て、跡部先輩の方針はきちんと日吉へと受け継がれているんだなって気がする。
勿論、これには善し悪しもあるだろうけど…でも跡部先輩と同じくらい日吉も周りを良く見て考えてることを私は知ってる。
副部長である鳳の助言も嫌々ながらに聞いて、そこもきちんと考慮していることも私はちゃんと知ってる。

「……志月先輩?」
「あ、ごめん。ボーッとしてた」
「ボーッとするのは志月の十八番だね」
「鳳!」
「俺のタオル頂戴。後、向こうで汗を冷やしてる日吉にも早く渡した方がいいよ」
「ああ!日吉忘れてた!」

なんてこった!一番最初に会ったのが日吉だってのにそこをスルーするとかどうよ?ボケーッとしてるにも程があるわ。
とりあえず、手元に残ったタオルを全部鳳に手渡して、そこから日吉の分だけ抜き取る作業をしてればクスクスと笑う声が響く。
鳳の笑い声だ。またやらかしたね、と言わんばかりに笑われて…でもそこに反論する余地はない。今は日吉を最優先。

「あ、あった!」
「早く持って行かないと地味に怪談されるよ」
「うん!後のはよろしくね!」
「はいはい」

残りのものを全部鳳に任せて私はまた走り出した。出発地点ともなった部室の裏、物干しスペースまで。
なんてこった!な展開ですよ。部長そっちのけとか跡部先輩だったら間違いなくキレてる。あ、でも樺地が居たから平気かな?
何にせよ猛ダッシュ。そこまで足が速いわけでもないけど努めてダッシュ。運動は得意としてはないけどただ走る。
こういう努力は惜しまずやらないときっと激怒に激怒を重ねてえらいことになりかねないから走れば…あ、見えてきた。

「日吉!」

ぎゃっ!投げ出した私の仕事を無表情で日吉がしてるんですけど!しかもかなり丁寧に!!
そういえば干してる途中で日吉が来たもんで慌ててそっちを優先したんだったことを思い出す。結構枚数残してたんだった…
それに気付いたほっこり日吉が溜め息混じりに仕事始めちゃったみたいな?うわ、完全にヤバイ気がするんですけど。

「ごめん!後はちゃんとするからタオル――…」
「向こうは配ったのか?」
「あ…うん一応」
「鳳に任せた、なんて言わないよな?」
「うぐっ!ちょっと、だけ…」

物言いが完全に跡部先輩っぽくなってる…てか、いつから先輩のインサイドをマスターしたんだ?
日吉のタオルを片手に少しモゴモゴしてたら物凄いでっかい溜め息を吐かれて、ほんでもってタオルを引っこ抜かれた。

「マイペースなのは構わないがしっかりしろよ」
って、真面目な顔して言ったかと思えば…その手はそのまま伸びて私の顔面にタオルが押し付けられた。
強打したとか嫌がらせでこんなことをしてるってカンジはしなかったけど、とにかく押し付けられてその空気を吸い込んだ私。
洗いたての洗剤の香りと混じって、日吉の香りがする。先輩たちみたく香水とかじゃなくて…もっとこう、自然な香り。

「ひ、日吉!」
「俺の汗は引いたから自分のを拭いとけ志月」
「う、うん…有難う」

言われたのはそれだけで、怒ることもなく日吉はスタスタとコートへと戻っていく。
押し付けられたタオルを顔から引き剥がした時に見えた光景はそれで、「ああ、やっぱ好きなんだ」って再確認してしまった。



日吉はね、人一倍努力家だった。ついでに人一倍闘争心も強くて…そんな姿を私はずっと見て来た。
「下克上だ」って跡部先輩に果敢に挑んでは敗北してって、その度に更なる努力を重ねていく姿を最初は頼まれて見ていた。

「アイツは無茶しやすい。何かあればお前が止めろ」
「……命令、ですよね」
「当然だ。何かあればマネージャーであるお前の責任だからな」
「イエス、ボス…」

この頃の日吉は準レギュラーでもなくて、鳳がそっちに進んだことをきっかけに酷く挑んでいた時期で。
跡部先輩が顔を出すたびに般若のような形相になって誰よりも先に前へと進んでいた。闘争心は剥き出し、それは先輩にも分かるくらい。
その姿を善しと思わない同級生、一つ上の先輩たちが居たけど…正レギュラーの先輩たちの目にはちゃんと止まっていた。

「アレは対等くらいまでは這い上がるぜ」

頼んだぞ、って穏やかな顔をして私の肩を叩いていった先輩の表情は忘れない。
その表情を、言葉を、日吉に直接伝えてくれたなら良かったのに…先輩は最後までそれをせずに引退していって…日吉に残されたのは闘争心のみ。
いつかは先輩を越えるんだっていう気持ちだけを日吉に残したまま、今がある。それまでの過程を私だけは、知ってた。

先輩の言う通り、日吉は無茶なことをすることがあって、その度に私は頑張ってしゃしゃり出て止めに入っていった。
最初は眉間にシワ寄せるわ、怒鳴り散らすわで大変だったんだけど…いつからか、それは溜め息と共に受け入れてもらえるようになったんだ。



「ゆい先輩!」
「んー?」
「今日帰りに皆でマック寄ろうって話が出てるんですけど一緒に行きません?」

部活も終わる頃、後輩たちに混じってボール拾いをしてる私にそう誘ってくれる子が居て笑顔になる。
いや、こういう誘いって前はあんまり無くて…先輩たちが楽しそうに帰っていく姿を見ながら私は一人寂しく帰宅していた。
そんな時、群れから一人外れて歩く日吉が気付いてくれて「勝手に混じっとけ」って言わない限りは…そのままだった。

「そうだね…あ、日吉が居残りしないんなら行く」
「え?部長…ですか?」
「そう。アイツ、無駄に遅くまで居残るからさ」

その姿は跡部先輩とよく似ていると思う。
レギュラーであれ後輩であれ、誰かが残れば先輩も残っていたし、先輩だけが残っている時があって。
それを見逃さなかったのは他でもない日吉で、当然、私も居残っては二人の打ち合いをただただ見つめていた。最後の最後まで。

「先輩っていつも部長部長ですよね」
「へ?」
「そんなに好きなんですか?」

からかいの言葉、男子の精神年齢は女子よりも下だっていうのは本当みたいで、にやにやと笑う顔が私に集中してる。
ここで否定するのは簡単。だけど、否定した後のことを考えれば…色々とやりづらいのは何となくだけど分かる。だったら――…
そう考えた時、何だか無性に言いたくなったから告げた。それは日吉にではなく後輩たちに、だけど。

「……そうだよ。私、日吉が好きなんだ」

言葉にすれば恥ずかしくなった。だけどスーッと何かが軽くなって、自然と零れたのは笑み。
ああ、よくよく考えれば誰かに相談するわけでもなく抱えてた想いが此処にはあって、口にしたらその一部が少しだけ減って楽になったのかもしれない。
ツツかれて無性に言いたくなったから告げただけ。そういえば、こんな風にツツかれたことなんて今までに無かったなーなんてまたのんびり考える。
そんな時、後輩たちのにやにやしてた表情が急に変化して…何処か穏やかに微笑むような、そんな顔に見えた。
「やっぱりね」という言葉を聞いて「バレバレか」と告げれば一人の子が私の方を指差してて…ん?と振り返ればそこには鳳の微笑み。

「……だってさ」

その影に隠れてたのは他ならぬ日吉で、彼は俯いていた。それはそれは困った顔をして俯いてて。
目を丸くしたのは私。この光景に戸惑ったのも私。日吉がゆっくり顔を上げる頃、慌てて俯いてしまったのも私。
ざわざわと空気を騒がせながらも鳳の配慮か何かで人の気配が薄くなるなか、矛盾するかのように私の顔は赤くなっていただろう。
そんな時にきっぱりと真っ直ぐに響いた日吉の声は、私だけじゃなくその向こうに居た皆にも響いて…一つの単語となり返って来ていた。


恋したくなるお題
氷帝2年R誕生祭、出展作品@
2009.01.09. ビバ!中途半端!!………すみません。
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