2006/氷帝三年R誕生祭
知恵熱は、どうにか治まったらしい。
俺が見舞いに行った数日後、元気に走っている姿を見た。
だけど、見たのは姿だけで…俺の目の前で叫び倒す姿は見られていない。
理由もなく ただ近くて遠い
確かに顔を合わせづらい状況を作ったのは俺で、俺も内心は穏やかではない。
もし、ゆいが今まで通りで普通に話し掛けられたならば、落ち込むだろう。
だけど、アレが原因で避けられても…きっと俺は落ち込むことだろう。
一線を越えたんだ、少なくともボケた性格のゆいであってもわかるくらいに。
もう、後戻りは出来ない。もう、無かったことには出来ない。
幼馴染みに引かれた線を、越えてしまったことを後悔するつもりも、ない。
「ゆい、いるか?」
スッキリしない日々が続いて、もう彼女を待つだけのことが出来ない。
"来い"と言ったのは俺であってゆいじゃない。ゆいが来るのを待つのが筋というもの。
考えていることも、悩むこともあるだろうけど、もう…待てないんだ。
「亮!ビックリするじゃない」
「悪い…驚かすつもりはなかったんだ」
「わざわざ窓伝わなくても…変質者扱いされても知らないんだから」
隣の家、俺の部屋の窓からゆいの部屋のバルコニーまでの距離は結構ある。
ただ、その間にある大きな木が運よく足場となって移動が可能になっている。
昔はよく行き来したし、ゆいも遠慮なく行き来していて…いつからか、なくなった。
「……時間、あるか?」
「もちろん。今から亮のとこに行こうと思ってたんだよ」
「今から…って、夜にホイホイ出歩くなよ…」
「別にいいじゃん。亮のトコだし」
その言葉の意味が、勝手な考えではあるけれど痛く感じる。
まるで意識されていないかのように、相変わらず幼馴染みだと言わんばかりに。
態度も発せられる言葉も、あの時のことを忘れてしまっているかのようなもの。
もう少し何か変化があるかと思いきや、そんな素振りはまるでゼロ。
「話し込むかもしれねぇから、お前もこっちから来いよ」
「……その通路使うの、かなり久しぶりなんだけど」
「親に心配させたくないだろ?」
「亮のトコに行くって言えば平気だと思うけど…」
「だったら、昔みたいに締め出し喰らってメソメソ俺のトコに泊まるか?」
そう。ずっと昔に起こった出来事。
確か…遊びに行くと告げて玄関を出たのは良いけども、遅くまで遊び呆けて…
帰る頃には深夜となっていたことにゆいの両親は腹を立て、玄関の鍵を掛けてしまった。
戒めるべく掛けられた鍵に気付いたゆいは、わんわん泣いて俺のトコへと戻って来た。
共に同じベットで過ごしたその夜。わんわん泣くゆいを宥めながら眠った。
そして翌日、一緒に謝りに行って…それ以来、窓を伝うようになった。
「……嫌かも」
「だったら、この木伝って来いよ」
少し不安そうにしながらもバルコニーから俺も通らせてもらったこの木の上へ。
何だろう。昔は全く感じていなかったのに…コイツ、変に危なっかしい渡り方してる。
何度も木や遠くにある地面を確かめながら、一歩一歩少しずつ移動して来ている。
こんなカンジだっただろうか?こんなに頼りないカンジだっただろうか…?
「おい、大丈夫かよ」
「うん…何とか」
これが、俺たちの距離が広がってしまったことを表しているのだろうか。
いつの間には、コイツは一人で大人になって、俺もまた一人で大人になって…
子供のうちに出来たことが容易に出来なくなって…だからポコッと広がった距離がある。
こんな理由でもないのだろうけど、ただ近くにいるはずなのに…遠くに感じる。
「到着!」
「…鈍くなったな、お前」
「何だと?別に鈍くは…」
「昔はこんな木、ひょいひょいしてただろ?」
「昔と今は違うんですー」
―― そう。昔とは変わっていくんだ。
初めて、じゃないだろうか。
異性として、ゆいを異性だと気付いてキツく抱き締めたのは…
俺と同じくらい骨と皮で、チョロチョロと走り回っていた頃とは違う感覚が伝わる。
いつの間にか柔らかくなって、頼りなくなって、細っこくて、だけど丸っこくなって…
「りょ――…」
変わってしまったとしても、俺は傍に居たいと気付いた。このまま、ずっと傍に居たいと願ってしまった。この距離を保ちつつじゃなく、もっと近くで…
誰よりも近い距離で、ずっとずっと一緒に居たいと。ワガママだと言われても、拒絶されたとしても。
ダメなんだ。俺の傍に居て、俺の傍でいつも笑っていなきゃ…嫌なんだ。
「お前、柔らかいな」
「え?」
「それに、甘い香りがする」
「な、何よ。それ…」
あの時、保てた理性がまた崩壊寸前まで来ている気がした。
後戻り出来ないくらいに、いや、後戻りなんかしたくない、と。
「好きだ」
ずっと以前から、こうなることを誰が知っていただろうか。
傍に居て、家族みたいなモンで、だけど違うと知らされた瞬間から膨れ上がった想い。
徐々に大きくなったわけじゃない。気付いた途端に膨張して、抑えなんて効かないくらい大きくなって…
最初から決まっていたみたいに、わかっていたことみたいに。
「これが答えだ。断るんだったら今しかない」
「断るって…」
「悪いが…考える猶予はないみたいだ」
なんて、卑怯なんだろう。
だけどこうなることくらい、ゆいもとっくに気付いていたはずだから。
だから猶予は残されていない。一分たりとも残されていない。
「無視したり、置いていったりしたくせに」
「……」
「勝手に手握ったり、キスしたりしたくせに」
「……悪い」
いつの間にか小さくなってしまった体が、少し震えている。
こんな時はいつもそう。めちゃくちゃ怒って、怒りを爆発させる寸前の証拠。
そんなところだけは変わっていない、ということなのか…
「気付かなかったから、避けなきゃいけなかった理由に…」
俺はもうずっと、ずっと昔からこんな邪まな想いを抱いていたのかもしれない。
だから、無意識に避けた。傷つかないよう、傷つけないように。
「ガキんちょ亮!ワガママ言いやがって!」
「ゆい…」
「私も好き、だから離れないで」
理性が崩壊する音が聞こえた。
ガラガラ、ガラガラ…今度は半身ではなく全身を削るような、そんな衝撃。
何度も、何度も。深く求めるために角度を変えて…その唇を求めた。
今までの距離を埋めるかのように、何度も何度もキスを繰り返す。
―― 傍に、いて欲しいんだ。これからも、離れることなく…
そう告げるとゆいが頷いたから、また強く抱き締めた。
その体に俺という存在を刻み込むために、強く強く抱き締めていた。
お題配布元 ・・・ Rachael(現シャーリーハイツ)
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