2006/氷帝三年R誕生祭
今更、昔のように告げることが出来なくなった。
生意気だっただけのガキが、少しずつ成長して、欲目じゃなく綺麗になった。
華のように、蝶のように…だから急にその大きな瞳が見れなくなった。
理由もなく ただ近くて遠い 〜亮サイド
根本的な性格とか、持っているモノとか、そんなのは変わらない。
無邪気なところだって変わらずに、いつもはしゃいでいた頃の面影は残ってる。
「可愛い幼馴染みをナイガシロにすんなーッ」
幼馴染みの位置も変わらず、やることなすこと変わらずにいるのに。
どうしてだろうか、急に大人びた仕草が…怖かった。
バサバサだった短い髪は綺麗に伸びて整えられている。
あれだけ嫌がっていた制服のスカートは、いつの間にか短くなって…
そこから伸びた白く細い足は、今まで幼馴染みだと思っていた女の子のモノではない。
変わらないところを残して、だけど成長していく様子が俺の目の前で。
そんな様子を目の当たりにして、どうして今更昔のままでいられる?
――誰よりも近くにいるのに、誰よりも遠くへ感じる。
「なぁなぁ、宍戸」
「……キモいぞ、眼鏡」
朝からハイテイションな忍足。どこか機嫌が良さげな様子。
普段ならば、特にこんな時に声なんか掛けては来ないはずだが今日は違った。
薄気味悪い笑顔が、俺の背後に悪寒を走らせる。
「うわッ、ゆいちゃんみたいなコト言うなや」
低血圧で朝に弱いゆい。コイツのテイションが癇に障って暴言でも吐いたか?
俺からの返答が気に入らなかったのか、横でプリプリと文句を言う忍足。
ああ、別にゆいじゃなくても癇に障るテイションだな。これは。
「で、何か用かよ」
「おっと、せやった。ゆいちゃんて宍戸の幼馴染みやろ?」
「それがどうした」
「俺に紹介する気ない?」
一時的なフリーズ、再起動するまでに時間が掛かった。
「忍足…確か、お前ら顔見知りだよな?」
「せや。今朝も一緒に登校して来たで?宍戸が逃げた後な」
「なら格別、紹介する必要はねぇだろ」
どういう経緯で忍足と仲良くなったのかは知らないが、ゆいが忍足と話す姿は何度も見掛けた。
実際、ゆいの口から"眼鏡男"の話を聞かされたコトもある。
改めて"これが忍足だ"なんて紹介する必要がなければ、したくもない。
「俺な、ゆいちゃんのコト、ええなー思うとるねん」
「……で?」
「幼馴染みの亮ちゃんから俺を推薦して欲しいんや」
「亮ちゃん言うな。殺すぞ」
「突っ込むトコ、そこちゃうわ」
万全なノリ突っ込みの中、どうも要点が掴みづらい話の展開。
忍足がゆいを気に入ったから、俺が推薦する?
生徒会メンバー選抜で行われる候補者推薦の演説者か?俺は。
てか、忍足を推薦するくらいなら別の候補者を推薦するがな。
「せやから、俺はゆいちゃんの彼氏候補になりたいねん」
「……はぁ?」
忍足がトクトクと事情を説明をしている最中。
俺の耳にはその声は聞こえなかった。右から入って左からすり抜けるかの如く。
容姿は悪くない。取り立てて良いという訳でもないが。
性格だって天然ボケというところ以外は、特に変なところもない。
至って普通で、十人並みと言ったところだろうか。
それなのに、こうしてゆいに惹かれているヤツが…いる。
「悪いな、俺はそんな仲介人の資格は持ってねぇよ」
忍足がゆいが好きなのは別に構わないし、自由だ。
もし、それを伝えたとしてゆいがどうするか、それもまた自由だ。
俺は幼馴染みで、それに対して何かをする権限なんかは持ち合わせてない。
「とか何とか言うて…ホンマは盗られたないん?」
何かワケ知りの忍足の顔が、やけに腹立たしかった。
腹が立っているのに…それに反論の言葉が出せなかった。
ゆいが、どんな男と付き合おうとも…俺には何も言えない。
だってそうだろう?俺は近所に住むただの幼馴染みというだけ。
人より近くにいるかもしれない、だけど…人より遠くにいる存在。
自分から遠ざけた幼馴染みを、どんな権限で制御出来る?
どうして、制御出来るというのだろうか…
ゆいのコトで、俺はどうすることも出来やしないんだ。
俺の後ろを歩いた幼馴染み、俺の傍で笑っていた女の子。
自分から遠ざけた。なぜか、不意にこのままではいけない気がして…
「……」
なのに、朝は必ず一度は振り返っていた。
アイツの声が響く前、習慣のように振り返る自分がいた。
声が、響いてこない。
次の日も、その次の日も、その次の日も次の日も。
こんなコトが今までにあっただろうか?
長い期間、幼馴染みとして過ごしていた俺たちの間に…
「ゆいちゃんやったら、もう先に行っとったで?」
「忍足…」
急に現れた忍足の存在よりも、大きな衝撃が走る。
朝の弱いゆいが俺より前を歩いてるなんて…
「巣立ち、やろか?」
「……かもな」
いつかは、こうなることを知っていた。
ゆいが変わり始めた頃に、予感していたコト。
近かったはずなのに、遠くへ歩き始めた頃に予測していたコト…
「ショック受け取るんやろ?」
小さな変化がもたらした大きな衝動。
見えなかったモノが少しずつ、見え始めている気がしていた。
どうして?とか、なぜ?とか…そんな疑問が表に出る前に思った。
――遠ざけてはいけないんだ、と。
変化していく様子についていけなくて、遠ざけた存在。
近くにいるのに、遠くに感じ始めた理由…
それはきっと、俺の心の変化が変わりゆくゆいを遠ざけた…
―――……
「……ゆい?」
どのくらいぶりだろうか?この部屋に入ったのは…
ワケ知り面の忍足が教えてくれた。ガラにもなくゆいが知恵熱なんか出したことを。
俺らをからかうために、余計なコトしやがったことも。
お節介眼鏡が。だけど、礼を言うべきなのかもしれない。
こうでもしないと俺は…癇に障るからお礼なんか言ってやらねぇけどな。
――俺は二人で遊ぶんが好きやねん。せやから、ゆいちゃんの知恵熱下げたってな。
片手だけ布団から出ていた。
布団の中に入れてやろうと思ったのに…強く握られた。
規則正しい寝息、少し赤くなっている寝顔。ヤバいくらいに…クる。
こんな感覚で寝顔なんて見たことはなかったはずなのに。
やましい気持ち、ずっと傍にいて…抱いたこともなかったのに。
今、こうしている現状は、とてもじゃないくらい冷静ではなくて…
頬に掛かった髪を避けて、そっと口付けた。
「……ん」
ゆっくりと目を開けたゆいは、まだ少し寝惚けているように見えた。
キスして目を覚ますなんざ、童話の住人じゃあるまいし…
だけど、その虚ろな瞳は更に俺の心のやましさを駆り立てていく。
「……ゆい?やっと起きた」
「亮?」
小さく、かすれ気味に呟いた俺の名前。
告げなきゃいけない言葉より、抱きたい衝動の方が増していく。
無邪気な幼馴染みを俺の手元へ、俺だけのモノにしたいと思う心。
怖いくらいに膨らんで、膨らんで、膨らんで…
「見掛けないと思ったら寝込んでたんだってな。激ダサ」
「病人に向かって…それはないんじゃない」
手だけじゃなくて、別の箇所にも触れたいと思うほどに膨らむ。
そんなコトも知らずにゆいはまだ虚ろな表情をしている。
「何やってんだよ、ったく…」
俺がこんな状態で、いつ理性が無くなるかわからないのに…
無防備な幼馴染みっていうのは怖いもの知らずだな。
手は離されることなく、離すこともない。
繋がれた一部分が異様なまでに熱を帯び始めて…
「忍足が心配してた」
言葉がうまく出てこない。
こんなコトが言いたいわけじゃないのに、本当はもっと違った…
「知恵熱じゃないかって」
違う。こんな世間話とか、そんな話がしたいわけじゃないんだ。
大事なことを伝えて、気付いた気持ちを伝えて…
―― 傍に、いて欲しいんだ。これからも、離れることなく…
「……うつしとけ」
ゆいからすれば、突然のことで意味がわからないだろう。
抵抗なんか出来ない状況下で、突然降りかかる口付け。
だけど、この行動に理由なんかない。俺がキスしたくて、距離を縮めたくて…
「…何でキス、するの?」
一部の理性が崩壊する音が聞こえた。
ガラガラ、ガラガラ…半身を削るような、そんな衝撃。
「ゆいの熱がうつるように」
何度も、何度も。深く求めるために角度を変えて…
だんだん口付けが深くなって、無理やり侵入させた舌はゆいの舌を探る。
息苦しそうな吐息。時折聞こえる甘い声。小さく震える体。
全部が全部、ソソられる。ゆいを抱きたい、と。
「……ヤバいから帰る」
目が合った時、残った理性が働いた。
このまま、済し崩したら…きっと後悔する、と理性が告げていた。
まだ少し苦しそうに呼吸をするゆいは、俺の知っている女の子じゃない。
女の子から成長して、大人の女性へと変わってしまった。
「え…」
「そんな顔すんな。ヤバいから」
真っ直ぐに見つめられたら、また理性が崩れる。
折角、持ち直した理性が崩れたら…今度は止まらない。
その体に俺を刻んで、離れないようにしてしまう。
「亮…」
俺も、年相応の男なんだ。
後ろ髪を引かれる思いはするけど、ゆいの部屋を出た。
「元気になったら、俺んトコ来いよ」
お題配布元 ・・・ Rachael(現シャーリーハイツ)
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