2006/氷帝三年R誕生祭
その香りが、果てしなく嫌いだった。
真っ白な部屋は何処か、くすんで見えていた。
それは明らかに彼女が口に銜えたままの煙草のせい。
少しキツめの煙草の香りは次第に部屋に充満していく。
「いい加減止めたらどうやねん」
テーブルに置かれた灰皿には吸殻が山となっている。
それを片すこともなく、平然している彼女に溜め息をつくばかり。
「気が向いたらね」
「とか言うて、全然止める気ないねんな」
"その通り"と言わんばかりの微笑みで、彼女は言葉の代わりに煙を吐く。
自分よりいくつも年上の女性にホレた俺が悪い。
見せ付けられる余裕と、年の差の分の大人な態度に苛立つ。
俺があまりも子供すぎて…それをハッキリと痛感してしまう。
せめてもう少し、俺の年が彼女に近かったならば…
「そういえば勉強しなくていいの?今年、受験でしょ?」
「あー…」
「何だったら見てあげるわよ?」
「別に。俺、お利口やさかい。験勉はせんでええねん」
学生なんてすでに何年も前に卒業した彼女の傍。
中坊の俺がこうして座っとる方が可笑しいのかもしれない。
早く…早く大人になりたいと願う。
彼女に、ゆいに釣り合うような…そんな男になりたい、と。
そうじゃないと胸が、息が詰まりそうになる。
俺は…いつの日か呼吸すら出来なくなってしまうんじゃないかって。
焦るこの気持ち、大人な彼女にはきっと、わからない…
「生意気ね。私なんか必死だったのに」
「そうなん?」
「……戻りたいな。今の侑士くらいまで。そうしたら……」
満タンになったままの灰皿に吸いかけの煙草を押し付ける。
バラバラ、バラバラと灰がテーブルに落ちてゆくのを眺めた。
まるで砂のように落ちゆく灰は、その場に小高い丘を築いている。
「一緒に学生ライフを送れたのにね」
儚く微笑む彼女の目に、少しの哀しみが宿って見えた。
ああ…もしかしたら、彼女もまた悩んでいるのかもしれない。
今の俺たちの年の差に、立ち塞がった見えない壁に。
大人の彼女と子供の俺。考えていることは同じなのかもしれない。
「……別に送らんでもええやろ」
「そう?一緒に登下校とかしたくない?学校帰りにデートとか」
「そんなん学生やのうても出来るわ」
同じ不安を共有しているのならば、何も怖いものはない。
焦る必要もなく、ただ一緒に過ごせたならば…
きっと、次第にお互いの心から消えてゆくのかもしれない。
「明日はゆいの仕事、はよ終わるやろ?」
「う、うん…」
「デートして帰ろや」
「ええ?私、普通にスーツだよ?」
「俺は制服や」
「恥ずかしくないの?」
"こんな年上の女と……" そう言い掛けたから、その口を塞いだ。
キツめの煙草の匂い、唇からは予想以上の煙草の味がする。
何でだろう。どうしてこれが大人の香りだと思ったんだろう。
ただ大人ぶったような煙草の味に酔う。
「ゆいが恥ずかしいわけないやん」
「……ホント?」
「そんなん言うたら、俺のコト恥ずかしい言われとるみたいやわ」
何かを気にして生活しなければいけない。
だけど、気にしなくてもいいコトだって沢山ある。
少なくとも俺は、そう考える。
「そうね…じゃあ迎えに来てもらおうかな。会社まで」
「ゆいがはよ終わったら、学校まで来てんか?」
「ラジャ。徒歩で迎えに行きましょう」
二人で笑って、くすんだ真っ白な部屋で口付ける。
懸命に大人ぶろうとしていた可愛い人の、その香りに酔いながら…
その香りが、果てしなく嫌いだった。
お題配布元 Relation(現AmR)
企画提案元 氷帝三年R誕生祭
目次
← | top | →