テニスの王子様 [LOG] | ナノ
君に書いた手紙 後編


部活が終わる頃、勝手に部室へ侵入した女の子たちの差し入れが目立つ。
朝から下駄箱に入れられた手紙よりも、確実に気合いが違うのがわかる。
主に跡部さんや忍足さんがメインだけども時折、俺の元にも…
"部活頑張って"や"いつも応援しています"という手紙の中、一通だけ目を惹くものがあった。


自分一人での捜索となって、少ない手掛かりを持ち歩いて過ごす。
見知らぬ彼女が"調子、取り戻して下さい"と言うのであれば…そう思いながら過ごす時間。
狂っていたタイミングを少しずつ調整して、それでも調子が悪くって…少し自分が情けない。
どこかで見ているだろう彼女に、まだ醜態を晒しているみたいで辛い気持ちもある。
これも全て"貴方のせいなんです"と言ったならば、見ず知らずの彼女は怒るだろうか?

「長太郎!」

あ、宍戸さんの声が響いて…怒り任せに殴られたのかな?遠退いていく感覚がする。
いや、今日はちょっと天気が良くて、蒸し暑くて…帽子、宍戸さんみたいに被るべきだったのかな?
意識が遠退く感覚がするなか、痛みと共に見えたのは輝く太陽だった。


「……」

意識が回復して、目の前には宍戸さんがいて、物凄く怒鳴られた。
ボーッとしすぎた俺は更に醜態を晒すべく、向日先輩のボールを頭に受けて卒倒。
樺地の背に五人掛かりで乗せられて保健室へと移動させられたという。
ただの脳震盪だというのに…手が掛かったのは俺のデカさのせいだと理不尽な言葉も貰った。

「とりあえず、今日は頭の調子が良くなったら帰れ」

"ついでに色々と反省しとけ。振り回されっぱなしってのは激ダサだぜ"
言葉と共に押し付けられたスポーツ飲料が、少しだけ俺を切なくさせた。

頭を抱えて、顔を隠して…日頃の自分の言動を思い起こすに十分な時間。
俺は今、迷惑しか掛けていなくて、みんなを困らせるだけの存在で…
日吉の言ってた"次期部長"だなんて姿ではない。
彼女がこんな姿をした俺をどう思っているのだろう…良くは思わないだろうな。
そう考えると、またへこむ。自分が情けないと思いながら、どうして落ち着かない?


真っ白のカーテン、窓から見える青い空。
この場に居る自分もまた情けなくて、静かに目を閉じた。


カサカサ、コソコソと話をする声が近くで響いている気がした。
白いカーテン越しに、ひそかに会話をしているのは女の子なようで…
反射的に思い浮かべるのは、背を向けている見ず知らずな手紙の女の子。
いよいよ俺は末期で、もし彼女が来てくれたなら…なんて浅はかにも思う。
コソコソ、ヒソヒソ、話し声の内容は聞き取ることは出来なくて、だけど…
無理やりに起きてバッと、確信も何もないのにカーテンを勢い良く開けた。


――見つけた、と認識しても良いですか?


祐希さんの隣、背を向けたままの女の子が俺の目の前、すぐそこには居て。
保健室のテーブルの上、例のメモ帳が束で無造作にも置いてあって。
背を向けたままの女の子の手には四つ折にされた手紙のようなものが握られていて。

「…もう、逃げられないわね」

静かに呟いた祐希さんは保健室からゆっくりと出て行った。
静まり返った空間、俺は声も掛けられずにただ目の前の小さな背中を見つめた。
振り返って、彼女が振り返ったなら何を言えばいいのだろう。
調子が悪くなって、カッコ悪い姿を、醜態を晒したことを謝るべきなのか?
違う、まずは手紙を貰ったことが嬉しかったと伝えるべきなのか?

「あ、あの!」

小さな肩が揺れて、小さく深呼吸をしている様子がわかった。
もっと、もっと気の利いた言葉を探して、言いたいことを簡潔にまとめて…


――言葉は全て真っ白に消えた。




「昔、テニススクールに通ってて、入学した時に引っ張りダコだったらしい」
「へぇ…運動してそうなイメージないね」
「結局、テニスの"テ"の字もないしな」
「あまり好きじゃなかったんだろうね。テニス」

「この子はね、色々あってね…体が弱いのよ」
「そ、そうなんですか!」
「うん。それで思いっきりテニスをしている鳳くんを見てるのよ」
「俺を、どうして、か…知ってますか…?」
「うーん…その這い上がった頑張りに、じゃない?」




「志月さん…だったんですか?」

返ってくる言葉もなく、ただ申し訳なさそうに立ち竦んでいる姿。
いつもの毅然とした態度はなく、自信のある態度の微塵も感じられない。
ただただ小さくなって、萎縮してしまっただけの委員長の姿に呆然とする他なかった。

"俺自身は諦めずに探しますから、その時は逃げないで下さい"

今にも逃げ出したそうにしている委員長に、掛ける言葉が出てこない。
驚いた?そう聞かれたならば、驚いたと答えていると思う。
迷惑だった?そう聞かれたならば、迷惑じゃないと答えていると思う。

「幻滅、させてごめんね?」

汚いユニフォームのまま、素足のままに近づいて抱き寄せた体。
言葉を返すだけでも良かったのかもしれない。返事をするたけで。
だけど、こんな言葉を吐かせてしまった自分が情けなくて情けなくて…
幻滅なんかするわけなくて、ただ受け入れる時間があまりも短くて…

「ホントに志月さんなんですね?」

握られていた紙がハラハラと落ちて、折り方が甘かったのか…文字が見えた。
不器用なほど角ばっている、だけど綺麗な書体の文字は紛れもないもの。
いつも目にしていた小さなブルーのメモ用紙に書かれた、たった一言の手紙。

"鳳長太郎さんへ
調子が悪くとも、頑張っている貴方を見ています 志月ゆい"




名前も知らないコからの手紙――…
それが俺の知っているコだとしても、消えるような思いは抱いてない。
だから、改めて書き直した俺からの手紙を彼女に手渡して…

「これが、俺の気持ちです」

"貴方が気になって、集中出来なくなりました
だから、今度は出来れば近くで、俺の傍で応援をして下さい 鳳"




静かに頷いてくれた彼女は、その後はコートの隅にいるようになった。
日吉に渇を入れる祐希さんと一緒に、相変わらず言葉は少ないけれども…
だけど、今はそれで十分すぎるくらいに幸せで、嬉しくて。
それが"恋"だと、日吉も祐希さんも言って、また俺の背中を押してくれた。



御題配布元 BERRYSTRAW 学園ラブ 5のお題「君に書いた手紙」
目次

| top |