テニスの王子様 [LOG] | ナノ
Re:本命のチョコレート


皆と同じものは嫌だ、と何故、素直に言えなかったのでしょう。

結局は、彼女の口から言わせてしまった言葉だけど…

今日は僕からその返事を、僕の気持ちをきちんと返す日――…



「志月、ちょっといいですか?」

「あ、はーい」

部室の外、洗濯物を干す彼女に声を掛けた。

今の返事からすれば、こちらの心情を何も気に掛けた様子はない。

そういう子、なんです。彼女はそういう子だから…ずっと本音を言えなかった。

「お待たせしました」

「……ちょっとお掛けなさい」

「は、はい…?」

説教を喰らうと思っているようですが、残念ながら今回は違います。

床に置いたカバンの中から一つの箱を取り出して置いた時、ようやく気付いたようで。

鈍感な子、ようやくカレンダーで今日の日付を確認しましたね?

「バレンタインのお返しです」

「あ…有難う御座います」

もうすでに他の部員たちからお返しを貰っているかもしれない。

誰が、何を返したのか…気にならないと言えば嘘にはなりますけど…

それでもコレだけは特別なモノになるように、選んで来ました。

「開けてくれますか?」

「あ、はい…」

丁寧にラッピングを剥がして、きちんと包装紙も傷つけないように。

そんな彼女をあの日、僕は傷つけてしまったことを後悔していた。

「あの…コレ…」

「時計、ですが?」

「えっと…相当高く付きました、よね?」

「そんなことはありません」



貴方を傷つけてしまった代償、貴方から言わせてしまった代償。

それはこんなチンケなモノよりも高い。まだ、足りないくらいのもの。



「志月」

手を伸ばせば届く。だけど、触れるのに躊躇ってしまうのは…きっと怖いから。

色んな気持ちが入り混じって、色んな想いが入り混じっている。

「……誰が聞いているか、わかったもんじゃありませんね」

「あ…そう、みたいですね」

窓から人影がチラつく。この影は…きっとバカ澤ですね。

それだけじゃないようですが、今はそれどころでもありません。

「耳を貸して頂いても?」

「あ、はい」

近づいて、今までにないくらいに近づいた時、ほのかに甘い女性の香り。

その香りに少し酔いながら、耳打ちした言葉に…彼女は照れて頷いた。

「大事にします」と、時計を僕の手に触れて…



―― そこに刻まれる僕の時間は、全て貴方に捧げます。
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