テニスの王子様 [LOG] | ナノ
キミにあげる 前編


「ほらよ」と、何食わぬ顔をして手渡されたものに私はただただ首を傾げた。
出張のお土産…にしてはラッピングがそれらしいものではなく、かといって誕生日なんて随分前に過ぎてた。
キョロキョロと部署内を見渡してみたけど同じものが他の人の机の上に置かれた形跡はなく「何?」としか言いようがない。

「跡部さん、コレは…?」
「ああん?黙って取っとけよ」
「いや…受け取らせては頂きますけど…何のお土産、ですか?」

夕方、人が少なくなった頃にまるで合わせたかのように顔を出したのは出張帰りでお疲れの跡部さんだった。
わざわざ顔を出して仕事の確認をして…そんな彼はデキル上司として有名で他の部署の子に羨ましがられることもあった。
けど…トロトロ仕事してたのは確かに私が悪いにしても、明日でも処理すれば問題はなかったことを残業してでもやれと言ったのは彼で。
居残りすること一時間。同僚はおろか先輩方もすでに帰宅していて一人ポツーンと作業をしていた。そこに再度登場したのは跡部さん。
いつもみたく嫌味を言うでもなく何の風の吹き回しか、私がよく飲んでいるコーヒーを片手にやって来て、ついでに何かを突きつけてた。
綺麗なラッピングだと思う。これ、結構高価なんじゃない?と思わずには居られないものなのは確かだ。

「志月…お前、これが出張土産に見えるのか?」

見えないから聞いているのに…逆に質問で返された日には首を横に振るしかない。
出張のお土産って基本的に御当地物が多くて○○産みたいな地名が入ってると思うけどコレにはそれが無い。
と、いうことはお土産ではないんだろうなーくらいは思っても、じゃあ何?って聞かれたら…やっぱりお土産かな?と思うしかないじゃない。
上司にいきなりプレゼントを貰う、なんてことはそうないし。ましてや相手は跡部さんともなればそういうのは皆無、でしょう。
人から何かを受け取ってもお返しをするのはごく一部の人だけだとか。黄色い声の女子社員には絶対に返さないって話だけは聞いてる。

「見えねえよな?」
「は、はい…」
「だったら察して黙って受け取っておけ」
「察して、ですか?」

自然と眉間にシワが寄る。私の場合は意味が分からなくて寄ってるんだけど、跡部さんは少し違うようで明らかに気分を害したらしい。
だけど、察しろと言われて察し出来るほど私の勘は良くはないと思う。むしろ察したからこそお土産だと思ったし、そうでない気もしたわけで。
ハッキリと「コレは○○だ!」って回答さえ貰えれば納得するとは思うんですが…うん、それがどうもダメらしい。
だから「察しろ」と言われたんだと上から目線で睨まれた結果、分かりました。

「察しろよ」
「は、はい…最善の努力はしたいと思います」
「努力して分かるもんじゃねえよ。ピンッと来るもんだろうよ」
「……インスピレーション、ですか?」
「違うだろ」

だったら…何だろう。キラキラ光る包装紙、あまり主張しないけど綺麗なリボンが付いているもの。
うん、よく見たらお土産って表現よりもプレゼントって表現の方が合うのは合うけど、私、今まで跡部さんに何かをあげた試しはないや。
書類はよく手渡すけど、出張もそうしない身だからお土産もあげたことないし、そういえば彼の誕生日も何もしてないなあ。
同僚の子なんか物凄い気合い入れて頑張って「有難う」って言われたとかで舞い上がってたっけ。
そりゃ言うでしょ、お礼の言葉は。なんて適当に言った日には物凄く熱弁されたんだった。「普段そんな言葉言わないでしょ」って。
確かにそれは事実だけど…ある意味失礼なことだと思ったんだった。人にあらずみたいに聞こえたから、ねえ。

「お前、本当に察しの悪い女だな」
「……すみません」
「つーことは今夜予定はなさそうだな」
「え?」
「あるのか?予定…」
「いえ、ないですけど…それと関係あるんですか?」
「ある」

今夜の予定と目の前の箱。
机の上のカレンダーと箱を何度か交互に見比べて…ハッと気付かされることが一つだけあった。

「……気付いたか?」

返事なんか返せなかった。タチの悪い悪戯とも冗談とも受け取れるから。
今日は…バレンタイン。でも何かおかしくないですか?もし、この中身がそうであったならば…おかしいでしょう。多分。

「欧米ではな、男性も花やケーキなんかを恋人に贈ることがあるんだぜ?」

「だからわざわざ残業させたし、人が居なくなったのを見計らって戻って来たんだ」とわざわざ察しの悪い私にそう言って。
気付けば伸びた腕の中、頭を抱えられるようなカタチになっていた。胸ではなく、無駄に鍛えられているらしい腹筋に額がぶつかる。

「今夜、空いてるんだよな?」

そう聞かれたならば今更「空いてません」とも言えずに首を縦に振る。
そしたら彼の手が私のマウスに触れて、勝手にパソコンをシャットダウンさせてしまった。
促されるまま会社を出ればそのまま入ったことのあるはずのないレストランへ連れて行かれて――…初めて知ったんだ。
恋の記念日、というあの曲の歌詞の本当の意味を。



-キミにあげる-

2009.02.12.
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