キミにあげる 前編
「はい」と、いつもと変わらぬ笑顔で手渡されたものに私はただただ首を傾げた。
何処かのお土産…にしてはラッピングがそれらしいものではなく、かといって誕生日なんて随分前に過ぎてた。
ん?と思いつつもソレは一応受け取って…だけど貰うには不自然な気がして「何なんだろう」と思わずにはいられない。
「随分考えとるみたいやなー」
「あ…やっぱ分かる?」
「ゆいさんのことやもん。すぐ分かるで」
「はいはい。少なくとも今は先生と呼ぶようにね」
私の先輩で仲良くしてもらっている人の弟さんである侑士くんは来年、大学受験を控えてる。
別段、成績が良くないわけでもないのに志望校に不安があるとか何とかで、先輩に頼まれて家庭教師をさせてもらって半年。
和気藹々と楽しく教えることが出来てるし、無駄に空いてた時間も埋められてバイト代も頂いて…私は満足していた。
何の問題を持って来ても平気な顔して解いてくれて手が掛からない。素直に言うことも聞いてくれるからモメることもない。
こんなに楽して稼いでいいのかな?なんて思いはするけど…親御さんからも先輩からも文句を言われた試しはなくて本当に充実してた。
「で、これは何?」
「ああ、それな。それ、めっちゃ甘いもんや」
めっちゃ甘いもん…ってことは食べ物、か。お菓子とかそんな部類のものかな?
あれ?いや、私は甘いのは嫌いじゃなくて好きなんだけど…確か前に言ってなかったかな?侑士くんは…
「甘いの嫌いじゃなかった?」
「まあ得意ではないな。ちゅうか、ソコ突っ込むとこちゃうで」
「ええ?」
私のこの質問って突っ込みになるの?てか、それを聞くのはお門違い的に言われたけど何か問題あった?
にこにこ笑ったまま、動揺する私を見るだけの侑士くんは何処か楽しそうだ。何かイイコトでもあって…それで、とか?
いやいや待て待て。例え侑士くんの身にイイコトがあったとしても、それを私にお裾分けとかいうのはまずないだろうし、ねえ。
だったら何だろう。このめっちゃ甘いものを私にくれる理由――…
「分かった!貰い物ね!」
「うわー…そんなわけあれへんわ。俺がちゃんと買うたで」
「……何のために?」
「ん?好きな子にあげよ思うて」
あーナルホド、って。だったら何でそれを私にくれるかな…もしかして要らないって言われたのかな?
貰えるものは貰っておくのも大事だと思うけどな。食料だったら尚のこと大事――…って、うん、一人暮らしって侘しいものよね。
意外と食糧難で苦しむのよ。買いに行きゃいいのに面倒だからって放置してたらすーぐ何も無くなっちゃってさ。
いやいやそうじゃなくって。とりあえずはその好きな子にあげるための甘いもんは返しておくべきよね。私のじゃないもの。
「じゃあちゃんと渡した方がいいよ。私が貰ったところで食べちゃうだけだし」
「んーその方が俺は嬉しいで」
「えー?そんなのダメだよ。好きな子にあげるつもりだったんでしょ?」
「せやで。好きな子のために買うたんやもん」
「だったら」
ポンッと侑士くんの手の中、綺麗にラッピングされた箱を返して…
「ちゃんと――…」
「ゆいさんが好きや」
いつもと同じ微笑みの中、少しだけ鋭く光る何かを見た。
突き返したはずの箱はもう一度私の手の中へと戻ってきて、スッと侑士くんの顔が近づいて来て、
「ゆいさん、今日はバレンタインやで」
と。何とも言えない低く甘い声で囁かれたもんだからゾクッとした。
あ、あれ?バレンタインって女の子が好きな男の子にチョコレートなんかを贈る日であって逆は…
そう思ったけど不意に思い出したのは、大手お菓子メーカーのチョコレートのCM。
――僕から君へ。
「ほんまに好きやから、受け取ってな」
-キミにあげる-
2009.02.09.
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