キミにあげる 前編
「どうぞ」と、何食わぬ顔をして手渡されたものに私はただただ首を傾げた。
沖縄のお土産…にしてはラッピングがそれらしいものではなく、かといって誕生日なんて随分前に過ぎてた。
キョロキョロと事務所内を見渡してみたけど同じものが他の人の机の上に置かれた形跡はなく「何?」としか言いようがない。
「えっと…木手くん?」
「甘いの、志月さんはお嫌いですか?」
「いや…嫌いではないんだけど…」
「でしたら貰って頂けませんか?」
んん?何か、忘れてるような気がするなあ。
同じようなものを随分前から眺めて「あー」って思うことがあったような無かったような。
どんどん色んなものを忘れてくっていうのは年の所為としか言いようがないわよね。なんて考える自分は少し切ない。
さすがにもう30が近づいて怖いものが無くなって来て、強いて言うならば若さが怖くて…見ててハラハラするのがウチの新入社員たち。
吃驚するくらい言葉を知らない。物事を知らない。未だに上司が居るのに平気で上座に座ったりもする。ある意味尊敬するわけだけど…
って、そんなこと考えていれば木手くんが困ったような顔をしてるのに気付く。相変わらず何かを差し出したままで。
「……志月さん?」
「あ、ごめんね。えっと…コレ、甘いものなの?」
「多分そうだと思います」
「随分アバウトね。でもどうして私に?木手くんは甘いの嫌いなの?」
「まあ…嫌いではないんですが」
「だったら勿体無くない?私の胃に納めても得しないわよ」
そんなハラハラさせる新入社員たちの中で唯一、少し言葉に訛りは残るけどマトモなのが彼。
真面目で与えられた仕事もきちっと定時までにこなして、ミスも他の子から比べたら断然少ないっていうピカイチの存在。
ま、少し無口で何を考えてるのか分かり辛いのは玉に瑕ではあるけど…それでも立派な戦力であることは確か。
そのうち追い越されるんじゃないか、って年の離れた私たちの方がビクビクしちゃうくらい仕事出来るのよね。スムーズにスマートに。
だから上司に会議の資料頼まれて…そう、少し焦りが見えたから手伝ってるところだったわ。手を止めてる場合じゃない。
「志月さん」
「ん?」
そう言いたかったけど、私が口を開く前に彼の方が先手を打って来たから言葉を放てずに飲み込んで。
資料と彼を交互に見ながら…仕事の片手間で悪いけどとりあえず生返事を返しておく。
「今日が何の日だか、ご存知ないんですか?」
んん?そんなこと聞かれたら机の上に置いているカレンダーを見ないわけがなくて、それをジッと見つめるけど何もない。
週明けの月曜日にはきちんと会議の文字はあるけど…今日には何の印も付けられてないから何の日でもない普通の日、よね?
完全に肩肘付いてカレンダーを眺めて考えてる私に、木手くんは苦笑して眼鏡を上げてるのが見えた。
「え?何よ。今日って何かの日だった?」
「俺にとっては一応…意味のある日だったんですが、志月さんにとってはそうでもない日みたいですね」
「何それ。だったら逆に聞くわよ。今日は何の日ですか?」
くすくす笑いながら子供に聞くみたいにして首を傾げながら聞けば、不意にその箱を私に握らせた彼。
そうまでして太らせたい気持ちでもあるんだろうか、なんて思って「有難う」と呟けば整った表情を少し緩ませて一言。
「貴女が好きです」
「……は?」
「今年は逆バレンタインというのが流行と聞いたので便乗してみました」
ま、真面目な顔して何を言ってるんだろう…と思った。
手から受け取ったものが零れ落ちて、カタンと音を立てたのは分かった。だけど、それ以外のことは未だ理解出来ず。
ああ…そうだ。見覚えがある気がしたのは帰りに立ち寄るコンビニだ。そこにこんなのが何個も並べられてて…だからなんだ。
「本当に、気付かなかったんですか?」
「……え」
「そんな貴女が好きなんです」
「返事は一ヵ月後に頂きますから」と言って平然とまた仕事を始めた彼に私はただ呆然とした。
カタカタと響くキーボードを打つ音を聞きながらも私の手は完全に止まったままで、何をどうすればいいのかさえ思考に無くなってしまってた。
資料は…出来れば今日までに作っておいて休日出勤は避けておきたいのに。それだけは分かっているのに何も出来なくて…
改めて、木手くんは…ピカイチの存在だと思った。
動揺を隠せない、動くことを忘れた私の、手伝おうとしていた分まで静かにこなしてしまったのだから。
-キミにあげる-
2009.02.09.
目次
← | top | →